第5話 天才少年VS玲奈
父親の友人橋田は、さっそく尾道市内の知り合いに連絡を取っていた。
「そうですか、今日は無理ですか・・・。では、来週なら津島君はいますか?」
しばらく話をしていたが橋田は携帯を置くと、
「今日は何か用事があって、津島君は指しに来てないそうだ。」
「君が言っていた凄い男の子というのが、津島と言うのか?」
電話をしている橋田の
「ああ。津島一広君といって、中学二年生なんだ。」
「僕には分からないが、その子の凄さはどれほどのものなんだ?」
「凄いぞ! 悲しいかな、私よりもはるかに強い。玲奈ちゃんと、どっこいどっこいかな。」
「そうか?! 玲奈とどっこいどっこいか。玲奈、そういう事なら津島なんとか君と一局指してみなさい。」
今までは何かにつけてボロかすに言っていた父親が、橋田から玲奈が
そんな「父親」プラス「玲奈」に、母親と杏美は呆れかえる。
「ほんの少しだけど・・・。芸能界を目指す人の親御さんが
と、母親は覚めたような口調で言っていた。
「そうだね。うちの父親も、果てのない親バカだよね。」
杏美は口さがない。
だが、二人にボロクソに「言われても、言われても」負けないのが玲奈だし、父親はその玲奈のルーツなのだ。
玲奈にひょんな事から宿ってしまった
尾道市内で将棋場の代わりとして使われているのが「しまなみ交流館」の二階にある小会議場で、津島少年は毎週末そこに通っていた。
その小会議場からは、手を伸ばせば届きそうなところに瀬戸内の海があって、うねることのない海は対岸の島の緑と青く輝く空の青、そして行き交うマッチ箱のようなフェリーボートを水面に映した。
また交流館から道一つ隔てた海際に、細長い土地に無理やり建てたとしか考えられない
尾道に着くと父親は、ホテルの横に設置された市営の立体駐車場に車を入れる。
「さあ着いたぞ、玲奈。その津島なんとか君との対局、なんとしても頑張るんだぞ。」
車を止めて降りた途端、父親は気合いを入れるように言う。当の玲奈はそれほどでもないのに、一人で燃え上がっているのだ。友達の橋田は、将棋仲間だけに父親の気持ちが分かるのか、
「玲奈ちゃんなら、たぶん互角・・・。だから、大丈夫だよ。」
と言った。しかし、橋田の言葉から、
「そうか?! やっぱり、指してみないと分からないのか・・・。」
と、気をもむ父親が不安な声を出した。
今まで将棋に興味がなかった玲奈は、橋田と父親の会話が今ひとつ理解できない。橋田は別として、父親は玲奈の将棋に期待の塊となっていたので、負けたらどうしようかと、そればかりを心配していたのだ。すべては身内の考えで、玲奈からすれば、どうして父親がそこまで熱を入れるのか不思議に思ってしまうのだが・・・。
そんな父親の期待を一身に集めた玲奈、そして津島少年を知らない父親のために、橋田は付いてきてくれていたのである。
せっかく尾道に行くのだから、この機会に母親と杏美も買い物がてらいっしょにと父親は思ったが、二人にはその気がなく、
「おい。お前たち、いっしょに来ないのか?」
といくら声をかけても、
「嫌ですよ、あなたたちだけでどうぞ! 私たちが、行っても行かなくても同じみたいなものですよ。橋田さんも一緒だし、私も杏美も将棋が分からないから面白くも何ともないわ。」
と、冷たく言っていた。杏美は何も言わなかったが、母親に同感と首を縦に振って意思表示をしていた。
そんな杏美を玲奈は見て「このケチが」と、ほほをふくらまし機嫌悪そうな顔でにらんだが、頑固で妹嫌いの杏美は素知らぬ顔である。
市営駐車場を出ると、駅前の「しまなみ交流館」は歩いてすぐだった。歩きながらも、父親は橋田に、
「橋田。その凄い少年って、どんな子だ。」
とひつこく聞く。父親は、玲奈の唯一の敵となるであろう少年のことがどうしても気になるのだ。言われた橋田は、すぐに返事をする代わりに黙ったまま「しまなみ交流館」に入って二階に上がると、小会議室のノブに手をかけて少年を探していた。
「おう、いたいた! あそこだ、あの端のところに一人で居住まいを正して座っているだろう。あの子だよ。」
「うんん?! でも、どうして端に座っているんだ?」
父親は、そんな凄い子がど真ん中ではなく、なにゆえ端のほうに座っているのか分からなかったのだ。
「彼はね。目に障害があって、盤も駒も人とは違うんだ。だから人とは距離を置くというか、通常の盤や駒では指すことができないので、自分の盤と駒を持って、あそこに座っているんだ。しかし、障害があっても生半可な実力では、ちょっとやそっとでは、勝てないほどの力量の持ち主だよ。」
聞いていた玲奈が、
「えっ! 目に障害があるのに、そんなに強いんですか?」
と、驚いたように聞いた。
「うん。障害があっても、みんなと変わりなく指すことができるんだよ。まあ盤には、マス目を区切る罫線に凹凸が施されているし、君も知っているように駒には文字が書かれるか彫られているだろう。その上、視覚に障害のある人が使う駒には点字が付いているんだ。だから晴眼者・・・、視覚に障害のない人と指しても、なんのハンディも感じていない。」
「すごいわ。でも聞いてしまうと、何だか遠慮してしまう。」
橋田は玲奈をじっと見ていたが、
「その気持ちは大切にしないといけないが、そんな事を思っていたら勝負に負けてしまうよ。」
と、思わず
「なかなか整った顔をしているな。男前だ!」
と、変なところに感心している。
そんな父親の言葉が聞こえなかったのか橋田は、
「じゃあ、これから玲奈ちゃんを津島君に紹介するから、いっしょに来てもらえないかな。」
と言って、二人を部屋の片隅に連れて行った。片隅に着くと津島少年をのぞき込むように、
「津島君、お久しぶり。橋田だけど、今日は君にお手合わせをお願いしたい人がいて、連れてきたんだ。どうかな?」
と聞いていた。
将棋仲間だろうか、同い年くらいの男の子が橋田にペコッと頭を下げると、津島少年にささやく。父親はささやいた少年を見て、
「あの子は?」
と、橋田に問うた。
「ああ、彼は津島君の将棋仲間兼付き添いだよ。」
「付き添い?」
「うん。盤も駒も視覚障害者用で、かつ彼の頭には盤そのものが入っているんだが、相手がどこに指したかは、いくら優秀な津島君でも分からない。そこで、あの少年に盤側で棋譜を読んでもらう必要があるんだ。」
「そうか、そういう事か?!」
「そうでないと、勝負が成り立たないじゃないか。」
「確かに・・・。」
視覚障害者の人が、どうやって指すのかと疑問符だらけだった玲奈にも、やっと納得がいった。
そんな玲奈は、
「こんにちは。」
と言いながらピョコンと少年二人に頭を下げ、津島少年の前に手を差し出していた。
それを見た付き添いの少年が、津島少年に伝える。言われた津島少年は膝の上で静かに握っていた手をほどくと、気配りなのかズボンでそっとふいていた。そうして玲奈が差し出したであろうところに手を差し出すと、玲奈の手を軽く握りながら、
「橋田さん、この人は?」
と聞いていた。
「ああ、紹介が遅れて申し訳ない。この人は、玲奈ちゃんといって小学校六年生だ。」
「六年生・・・。それも、女子ですか?」
「うん、そうだよ。だが六年生といっても、彼女は凄く強いんだ。」
「そんなに強いんですか?」
「ああ。先週、僕はいとも簡単に負けてしまった。」
「ええっ、橋田さんがですか?」
津島少年と、付き添いの少年が声をそろえて言った。橋田はうなずくと、
「悲しいかな、ホントだよ。」
言いながら橋田は玲奈が将棋を始めたのは、つい最近とも言いそうになったが、それを言えば恥の上塗りになると思って言葉を飲み込む。
「それじゃあ、ぜひ一局お願いしたいなぁ。橋田さんの
と、津島少年はうれしそうに言った。橋田は照れたように、
「君の気持ちは有難いが、
「はい、なかなか対局をしてくれる人がいなくて・・・。」
「そうか?! そういうことなら、彼女を連れてきた甲斐があるというものだ。」
津島少年はあらためて首を縦に動かすと、
「ああ、楽しみだなあ。僕も、うれしいです。」
そして、見えない玲奈が見えているように、
「さあ、座ってください。玲奈さんが、どんな手を指すのかワクワクしますよ。」
と言っていた。
振り駒はせずに、先手玲奈で勝負が始まった。
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