第3話 玲奈、将棋をはじめる
姉の杏美は玲奈を本当は部屋に入れたくなかったし、ましてや探したくもなかったのだが、図々しく入ってきてしまったので、しぶしぶ本棚の戸棚を探すふりをしていた。
「ちょっと、勝手に触らないでよ!」
なんだかんだと言いながら自分で探そうとする妹の手を叩き、戸棚の中身を見られないよう妹を押しのけて探していたが、あきらめたように『ほれっ』と言って盤と駒を渡していた。
「あるじゃないの! 最初から、
玲奈は顔を打って赤くなっているのも忘れて、偉そうに言っていた。そんな妹に、
「用が済んだのなら、サッサと下りなよ。」
と杏美は言うが、玲奈は、
「ねえ、姉貴。将棋教えてよ。」
と、変に甘えてくる。
「だから言ったでしょ、いそがしいんだ。下に、おりときなよ・・・。」
と言うも、妹の性格は分かっていたので、
「しょうがない。食べたら、少しだけ遊んであげるから。」
と言っていた。
「分かった。ご飯食べたら、教えてくれるんだね。絶対に、約束だよ。」
玲奈の勝ちである。
どんな嫌な目に遭っても、最後にイエスを得た者が人間社会では生き残れるのだ。小学生でありながら、玲奈は誰に教わることもなく身につけていた。嫌な子供である。
ご飯までの時間が、待っている玲奈にとっては、とてつもなく長かった。
「ねえ、母さん。晩ご飯、まだ?!」
「うるさい子だね、アニメでも見てなさいよ。」
いつもならテレビばかり見てと怒られるのが、今日に限っては逆だった。
「ああ、まだかなぁ?」
ブツクサ言う玲奈を、母親が台所からにらんでいた。
それから一時間。父親は仕事でまだ帰っていないので、三人で夕飯を食べる。食べると、玲奈はたまらないように、
「さあ、姉貴。教えてよ。」
とわめいた。
「うるさいわね、スイカ食べてるんだから。あんた、盤の上に駒出しときなよ。」
やっと食べ終えた杏美は、玲奈に駒の説明から始めた。そして、
「『王将』が取られたら、おしまいだからね。」
と、極々簡単に説明していた。
「よく分かんないよ。」
ふてくされる玲奈に、母親が杏美に、
「何も分からないんだから、はさみ将棋とか回り将棋とか、将棋倒しで遊んでやりなさいよ。」
と言っていた。
「それも、そうね。だから、初心者は嫌なんだよ。」
杏美が偉そうに言う。『クソッ、なんだよ!』、玲奈はグッと我慢しながら初めに回り将棋を教えてもらっていた。
「サイコロの代わりに、この『金』四枚を使うんだ。文字が書いてない方が裏でゼロ、書いている方が一、横だったら五で、縦に立ったら十、頭の
「はいはい、分かりましたよ。さあ、やろうぜ。」
「何も知らないくせに、偉そうに!」
ふたりは文句を言い合いながら、玲奈が先行で駒を振っていた。
すると、どうだろう?! 四枚の金は
「今度は、私が先に振るからね。」
盤の上で、『金』はすべて表になっていた。
「くそっ、一枚も立たなかった。」
杏美が口惜しがってると、玲奈はまたもや『金』を
「何、これ?」
杏美は、思わず駒を手に取って見る。
「アンタ、どうしたんだよ! 手に、さっき食べた米粒でも付いてるんじゃないの?」
玲奈は杏美を無視すると『何だ、ざまあ見ろ』といった感じで、小躍りしている。
「姉ちゃん、馬鹿言っちゃいけないよ。私の才能だよ、手が勝手に動くのさ。」
「ばかばかしい、もう止めた!」
「そんなこと、言わないで。回り将棋は止めるから、はさみ将棋を教えてよ。」
面白くない杏美だが後々うるさい玲奈の性格を考えると、今日中に済ませておけば明日から関わらなくても済むと、考えに考えてそう思い込む。
「分かった、はさみ将棋だけだからね。」
「うん、うん。はさみ将棋だけ。」
「はさみ将棋はね、『歩』と書いてる十八枚の駒を使んだ。」
言いながら杏美は「歩」で九枚、そして裏返した「と金」で九枚を盤面の一と九に並べていた。
「それで『歩』は、本当は前に一つしか進めないんだけど、はさみ将棋では『飛車』と同じでタテヨコ縦横無尽に動けるの。アンタ、オセロを知ってるでしょ。まあ、似たようなものよ。分かった?」
と言いながら、玲奈の顔を見た。
「??」
まったく分かっていないみたいだ。口で言っても『こりゃダメだ』と思い、二階からパソコンを取ってくるとインターネットで『はさみ将棋』を検索した。最初から、こうすればよかったと後悔する杏美だったが、玲奈は食い入るように画面を見て、一人でブツクサ言っていた。
玲奈がインターネットのはさみ将棋に精神を集中すると、玲奈のなかで
先手、玲奈は秀策の指示で九・9歩を八・9に進める。オートプログラムが9・二と打ってきていた。
鉄砲隊も騎馬隊もいない、足軽だけの戦において奇抜な手を使うより、隊を崩さずジリジリと攻めれば、相手が総崩れになるか『千日手』になるほかないと秀策は判断していた。結果はすぐに出て、オートプログラムの完敗であった。
『やったあ、やったあ』と玲奈が喜んでいると、いつ来ていたのか、叔父の修司が玲奈の肩越しにパソコンをのぞき込んでいた。そして、
「ほう、玲奈! お前初めてだろう、大したものじゃないか?!」
と、驚いた声を上げる。叔父のそばにいた杏美が、口惜しがるように嫌な顔をしていた。
「玲奈。お前、もしかしたら天才じゃないのか?!」
ギャンブル好きの叔父が言うのだから、当たらずといえども遠からずかもしれない。叔父は学生時代からパチンコ一筋で、拾った玉一つで何万円も稼いだという人だった。学業も仕事もかなりいい加減・・・、そう言う人だからやることなすこと秀策とは雲泥の差なのだが、真剣勝負をしていた秀策の匂いをどこかにかぎ取ったのかもしれない。
そうこうしていると、表に車の止まる音がして仕事を終えた父親が帰ってきた。そして着替えてみんながいる部屋に入ってくると、叔父の修司がいるので、
「オウ、どうしたんだ?!」
と言いながら、台所からビールを出してきていた。
はさみ将棋も覚えた玲奈は、杏美に本将棋をねだる。
「アンタ、約束が違うじゃないの! はさみ将棋で終わりじゃないの?」
「頼むよ、将棋も教えてよ。」
と、拝むように言う。
『ああ、うるさい』と杏美は思うも、『今日で終いだ』と呪文のように心で唱えて本将棋を教えることにした。
しかし、本将棋はうろ覚えの杏美なので父親と叔父の修司には聞こえないよう、声をひそめて玲奈に教えていた。
今ひとつどころか、ほとんど将棋の分かっていない杏美と弟子の玲奈は、小声で『ああでもない、こうでもない』とやっていたが、そんな二人に気がついた父親は、
「おお?! 杏美珍しいな、玲奈と、へぼ将棋か?」
と、ビールを飲みながら言っていた。杏美は照れ隠しとウンザリを足して二で割ったような顔をすると、
「こいつが、どうしても教えろとうるさいの。」
と言った。父親は、いつもの気むずかしさが酒が入って消えたのか、
「杏美。玲奈は妹なんだから、こいつはないだろう。しかし玲奈、いったいどういう風の吹き回しなんだ?」
と不思議そうな顔をする。すると叔父の修司が、
「それが凄いんですよ・・・。」
と、玲奈がパソコン相手にやっていた「はさみ将棋」のことを話した。すると、
「ほう、玲奈凄いじゃないか。よし、明日は休みだから。一つ、将棋を教えてやる。」
と、父親は言っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます