4話 ココから始める異世界生活
異世界とは何か。その解釈は人によって異なる。異世界だけに。
では、大半の人間が思い浮かべるであろう異世界の姿を考えてみよう。
時代は中世辺り、「魔法」なる無から有を生み出す術が当たり前のように世間に浸透しており、魔物や亜人といった魑魅魍魎が跋扈する……大体こんなところだろう。
ゲームや漫画、アニメやライトノベルの台頭により、異世界はファンタジー、つまりは幻想的な世界観を要するものに姿を変えた。
現代ではありえない常識や生活。人の妄想により生み出された、全く別の異なる世界。
だからこそ人々は憧れ、自らも足を踏み入れたいと思うのだ。俺もそうだったから。
本を読んでいるとき、ゲームをしているとき。俺もこの世界に、冒険に混ざりたいと憧れたものだ。だが、それは叶わないものだともよく理解していた。
だから一歩引いた位置にいた。昨今よく見かけるようになった、異世界転生ものの作品も楽しむ一方で、よくもまぁ飽きないものだと、高二病めいた見方をしていたものだ。
俺にとって異世界はどこか遠くの存在。一生関わることのないものだろうと思っていた。
しかし、人生なにが起きるかわからない。
俺は今、最高に面白い状況にいる。
「い、異世界……? それは、どういう……?」
聞き慣れない言葉だったからか、はたまた理解が追い付かないのか、その両方か。カルーナは困惑の表情を浮かべている。
さて……どう説明するべきか。正直なところ、カルーナが異世界からの来訪者だと気付けたのは、ひとえにこれまで触れてきた物語のおかげによるところが大きい。
「異世界とはこうあるべき」、そういった前知識があったからこそ、こんなアホみたいな状況をすんなり受け入れることができたのだ。
ではカルーナはどうだ? 彼女の世界に、この世界と同じようなサブカルチャーは存在するのだろうか?
知っている場合と、知らない場合の受け入れ方とではかなりの差が生じる。故に、知識が無い人間への説明は困難を極めるのだ。
子供がよくする、「空はどうして青いの?」や「どうして人を殺してはいけないの?」といった質問の答えに窮するのと、同じと考えればわかりやすいかもしれない。
「存在しない国に魔法……君の中の常識は、ここじゃ当てはまらないものばかりなんだよ」
「常識が……」
カルーナは何かを思い出すように目を細めた。
彼女がここに来て、すでに一晩経っている。俺が気を失っていた間に起こった事を振り返っているのだろうか。
「例えば魔力。君は、この世の全ての生物に備わっていると言ったけど、母さん……俺の両親からは魔力を感じなかったんだろ? それはなぜか」
「それは……」
「それは、魔法なんて存在しないからだ。魔法が存在しないから、それを使うための力、魔力も無かった」
ここが異世界であると認識させるためには、彼女の中の常識を覆すのが最も手っ取り早いはずだ。
その常識とは、すなわち魔法と魔力。ここを重点的に攻めてみる。
「確かに、あなたのご両親からは魔力を感じませんでした……でも」
「でも?」
「でも、あなたからは魔力を感じます。現に、私の魔法を受けていますし……これはどういうことなんでしょう……?」
「……」
まさかのカウンター。
そうなのだ。俺は昨日、カルーナから魔法を受けている。それは知の魔法。
はたして、この魔法は成功した。俺がこうして、カルーナと喋れているのが何よりの証拠だ。
そして、問題はここからだ。知の魔法は、自らの知識を相手の魔力に直接流し込むものだった。
この魔法が成功しているということはつまり、俺の中に魔力が存在していることを意味する。
魔法なんてものは無いんだと力説しているくせに、魔力があるとはこれ如何に。
「話がややこしくなるから、あえて無視してたのになぁ……」
「あえて? なにか、知っているんですか?」
「いや全然。なんで俺には魔力があるのか、てんでわからん」
俺は誓って、何か変わった経歴を持っているわけではない。コウノトリが連れてきただの、橋の下で拾っただの、そんな話は両親から聞かされていない。もっと言えば、俺が赤ん坊の頃の写真を見せてもらったことだってある。俺はれっきとした普通の人間だ。
だから……なんで魔力あるんですかね? 責任者はどこか。
「わからないんですか……そうですね。じゃあこの際、あなたに魔力があることについては置いておきましょう」
「そうしてくれると助かる……なんか急に冷静になったな」
「色々と考えていたら、なんだか頭が冷えてきました。今ならどんなことだって受け入れられる気がしますよ」
どこかスッキリしたような表情のカルーナ。その表情には……気のせいか陰りを感じた。
しかし、指摘はしない。本人が大丈夫だと言ってるんだ、水を差すのは止めておこう。
「それじゃ……さっきから俺が言いたいことなんだけど……」
顎に手を当てて考える。異世界ってどうやって説明すればいいのだろうか。先ほどからこいつの説明には手を焼かれている。もっと俺に語彙があれば……!
頭を抱える俺を見かねてか、カルーナが口を開いた。
「存在しない国に、魔法……。異世界……でしたっけ。あなたの言ったことから考えると、私が居たところとはとてもとても、とーっても遠い場所って認識でいいんでしょうか?」
「遠い場所か……あぁ、それで間違ってない、と思う」
実際その認識は間違っていないように思える。異世界は言ってしまえば、別の次元を指すようなものだ。作品によっては、時代だって変わってしまう。距離での換算はできないが、遠い場所と表現するのは決して間違いではないだろう。
「そして、ここでは魔法はあり得ない……そもそも存在すらしていないと……だから、あなたは私たちにとっては身近で、当たり前であるはずの魔力を知らなかった」
「あぁ、それで合ってる。全生物に備わってるっていう魔力が無いことについては……まぁ、いいか。そこを追及していたら、いつまで経っても話が終わらなそうだし」
「……私にとっては、まぁいいかで済ませられるようなことではないんですが……説明が難しいと言うなら、仕方ないですね。追々、自分で調べることとします」
「仕方ないもまぁいいかと同じような意味だけどな」
「揚げ足を取らないでください」
かくして異世界談義は終わりを迎えた。色々と先送りにしただけのような気もするが、まぁいいか。仕方ない。
俺はふぅと息を吐き、楽な体勢になる。そのまま、ぼそりと呟いた。
「風呂から出てきたのも、魔法のおかげってことで一応の説明つくしなー。便利な言葉だほんと」
「お風呂……?」
カルーナが首を傾げる。おおっと聞こえていたか。
「そういえば、君が目を覚ましたのは脱衣所だから、その前のことは知らないのか」
「その前、ですか?」
「君が湯舟からザッバーンって出てきてよぉ、ありゃ驚いた」
「う……それは、ご迷惑をおかけしました……」
申し訳なさそうな顔をするカルーナ。いっけね、なんだか責めるような形になってしまった。
俺は慌ててフォローを入れる。
「いや、別に謝らなくても……俺は別に嫌な気分になったりとかしてないし。むしろ、ごちそうさまでしたし」
「ごちそうさま……?」
フォローのつもりが、うっかり失言してしまった。彼女にこれ以上追及される前に、話を進める。
「そ、そそそれよりも、風呂から出てきたのはやっぱり魔法関連なのん?」
めちゃくちゃ噛んでいた。情けないことこの上ない。
「は、はい、そうですね。あれはゲート、というものを使った結果です」
「ゲート……?」
「莫大な魔力と、高度な魔法技術で作られた、空間移動術です。それを
「へぇ……超便利だな」
つまりはどこでもドアな訳だ。潜ればどんなところでもひとっとび。
……俺にもなぜか魔力あるし、ちょっと真面目に魔法の勉強してみようかしら。
「だと思うでしょう? ですが、そう美味い話じゃないんです。ゲートはどこに繋がっているか、わからないんですよ。実際に潜ってみるまでは、どこへ行けるかは不明です。わかっていることは一つ。とにかく遠くへ飛ばされるということだけ」
つまりは行き先ランダムのどこでもドアだ。超不便。
そして今回は不幸にも、俺の家の風呂場に繋がってしまったと。きゃあ! カルーナさんのえっち!
「なるほどなぁ……今回は遠くどころか、時空すら超えてしまったのかぁ。壮大だなぁ」
「まぁ、そうですね。想像もつかないぐらい、遠くに飛ばされちゃいました」
カルーナは笑いながら言う。
いや、ちょっと待て。全然笑いごとじゃないぞ。ゲートは行き先不明の不便極まるものだった。仮にもう一度作ったとしても、また彼女の世界に戻れる保証は無い。もしかしたら、もう二度と帰れないかもしれないのだ。
それに思い出せ。先ほどカルーナは、ゲートを作る際には、莫大な魔力と高度な魔法技術が必要だと言っていたじゃないか。これほどの条件を要求するような代物を、もう一度作ることなんてできるのか?
「ち、ちなみにだけど、そのゲートとやら……君は作れるの?」
「私には無理ですね」
「そ、即答……じゃあ君は二度と帰れないかも……」
「そう、ですね……さっきは取り乱しちゃいましたけど、今は大丈夫です。言ったでしょう? どんなことだって受け入れられるって」
そういってカルーナはなおも笑顔を浮かべる。取り乱したというのは、先ほどのバルトリーゼの件だろう。
俺は天井を見上げた。そして、スマホに映る地図を、涙を浮かべて見ている彼女の姿を思いだす。
再びカルーナに向き直り、あの時の表情と今の笑顔を比べた。
「君は……」
「……」
思わず口から出そうになったある言葉を、ぐっと飲み込む。言ったところでどうなる? 改善策は? 打開策はあるのか? なにもできないくせに口を挟むのは、無責任が過ぎる。ただ、彼女を困らせてしまうだけだ。
「強いんだな」
だから、次に思ったことを素直に言葉にした。カルーナは強い女の子だ。まだ出会って数時間だが、不思議とわかる。
彼女が元居た世界。故郷へはもう二度と帰ることができないかもしれない。そんな絶望的な状況でも、笑顔を崩さず前を向く。それは誰にでもできるようなことじゃない。たとえ、やせ我慢であっても。
ならば俺がすることは。
「強い人間は嫌いなんだ。なんか、見てると自分が惨めに思えてくるからな。……でもまぁ、乗りかかった舟ではあるし、できる限り協力させてくれ」
俺なんかじゃ、なんの力にもならないかもしれない。けれど、手を差しのばそう。せめて彼女が、心の底から笑えるように。
「協力って……こうしてお話を聞かせていただいただけでも、充分助かっていますよ。それにあなたは、私の命の恩人ですし」
カルーナは言った。まぁそう言うだろうとは思っていたが。こういう場合、もうちょっと自分に素直になってもいいんだぞ? まったく我慢強いやつだ。それに対して俺は……。っといけない。自己嫌悪の渦に飲み込まれるところだった。
「それにしても……私、面と向かって嫌いと言われたのは初めてです」
「そうか? ここじゃ挨拶みたいなもんだぞ?」
「えらく解釈の難しい挨拶ですね……」
実際、言葉ってのは難しくて面倒なものだ。表面だけじゃ、すべてを理解することはできない。裏を読み、本当の意図を読み取らなければいけない。本当、なんで言葉なんてものが生まれてしまったのやら。好きとか嫌いとか、最初に言い出したのは誰だ。
「挨拶で思い出しましたが、私のことは、どうぞ名前で……カルーナとお呼びください。君、じゃなんだかよそよそしく感じますよ」
「はぇっ!?」
突然の提案に、変な声が出てしまった。
名前で呼んでくれだなんて、思ったよりも大胆な子なんだな……。まぁ確かに、ずっと君呼びというわけにもいかないし、いいタイミングなのかもしれない。
「じゃ、じゃあ……カルーナ」
「はい! では私も、えーっと……ケンジさん?」
「あー……いや名前っぽいけど、それは苗字なんだよな……」
「……じゃあ、カズヒコさんですね? 改めて、よろしくお願いします」
そう言って、頭を下げるカルーナ。
「お、おう、こちらこそよろしく」
よろしくなんて、さっきも言ったばかりなのに。つられて俺も言ってしまう。
「まずは、こちらでの生活に慣れないといけませんね。ずっとお世話になるわけにもいかないので、急がないと」
カルーナは辺りを見回している。そしてある物に目を止めた。
それは、今朝俺が探していた本。『
「そういえば、なんでそれ読んでたんだ? ていうか、読めたか?」
「知識を得るには、書物に触れるのが一番ですので……ですが案の定、読むことはできませんでした……」
「だろうな……全編日本語だし」
ていうかカルーナさん。ライトノベルはちょっと……そういうのには向いてないかなーって思うよ。ものすごく偏った知識が付いちゃって危険だよ。
「でもでも! 少しわかったことがあるんです! この表紙の女の子! この格好が、この国では当たり前なんですよね!」
「……」
早速偏ってやがる。早く訂正しなくては……。
かくして、いの一番に間違った知識を吸収してしまった、カルーナという少女の異世界生活は始まったのである。
風呂からつながる異世界譚 えんとつじろう @entotutarou
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