再スタート

ドラムのシンゴが、大学受験に落ちた! と言う話を聞いたのは、その次の日だった。

「なんで他所の学校受けなかったんだよ」

「受けたよ。下痢になってセンターがダメだったんだよ」

 本番に弱いシンゴらしい。また、間の悪いことにシンゴほどまじめに受験勉強に取り組んでいなかったハクトが、同じ大学の法学部に一発合格してしまっていた。

 それを知ったシンゴのママが切れたらしい……。

「……俺、脱退して、来年の受験に備えます……」

 そんな事情で、シンゴがBlauer Himmelを抜けることになった。

「……やっぱ、あのとき解散しとけばよかったな。バンドなら、大学に入ってからまた新しく作れるんだし」

 ユウヤがポツリと呟く。「そうだね」ともなんとも言えなくて、僕とハクトが俯いた。そんなとき……。

「え、解散するんですか? もったいない。キミたちの曲、僕は好きですよ」

 ライブハウスのオーナーの友人だという……“その人”が、声をかけてきた。

「誰だ、おっさん」

 ハクトが訝しげに、ばっちりとスーツを着込んだダンディなオッサンを睨み付ける。

「わたし……こういうものです」

 オッサンはそのダンディなスーツの胸ポケットから、一枚の名刺を取り出し、ハクトに差し出した。

「……音楽事務所の……社長?」

「ええ、インディーズの、小さな小さなレーベルの、事務所ですが」

 オッサンはそう言い、僕の顔を見つめた。

「眞鍋セツヤくんですね。君の詞、確かに、僕の耳と心に受け取りました。君の才能を、僕が買いたい。君自身を、僕に預けてみませんか」

 オッサンが、低く、甘く、ダンディな声で、僕に甘い言葉を囁く。

「……だけど、俺たち……ドラムが抜けたので、もう演奏できません」

 僕はそう言って、オッサンの誘いを暗に断った。

「ドラムなら……ひとり、良いのを知ってるんですが。使いませんか? 女癖は悪いが、見た目も演奏の技量も最高ですよ」

 オッサンがそう言って、ドラムセットの方に目を遣る。

 そこには……シドさんが座っていた。

「シドさん!」

 僕たちは、思わずシドさんに駆けよる。

「もういいんすか? なんか食べましたか? 飲みましたか?」

 僕の問いかけに、シドさんがうるさそうに顔をしかめ、何度も小さく頷いた。

「昨日、お前が帰ってからこの社長に見つかって、病院にたたき込まれて、点滴打ちまくられた。俺、保険証すらなくて入院費も治療費も払えなくて、社長に借金だ。勝手に治療しといて、入院費、事務所で働いて返せって……」

 シドさんはどうやら、社長の事務所でアルバイトのローディとして雇われることになったらしかった。

「うちのアルバイト兼、所属タレントです」

 社長が付け加えた。

「キミたちのバンドで、ちゃんとしたメンバーが見つかるまで、このシドをサポートメンバーとして貸し出します。これでどうですか?」

「レンタルメンバーですか?」

 僕が訊ねると、社長が「そうです」と大きく頷いた。

「スペック高ぇ」

 今日で辞めてしまうシンゴが、「是非に」と、勝手にOKを出してしまう。

「……だが、俺からも条件を出させてもらおうか」

 シドさんがそう言って、僕が着ているジャージの胸ぐらをぐっと掴んだ。

「眞鍋節也なら止めねえが。Blauer Himmelの雪夜の衣装は、俺にセットアップさせろ。三年一組の緑のジャージに、ランドセル背負った十八歳がリーダーのバンドなんて、お断りだ!」

 シドさんのあまりの剣幕に、僕は思わず「はい」と頷くしかなかった。

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