解散
そんな僕の話を聞いて、ハクトとシドさんが「青春だぁ」と大きく笑う。
「ない、俺たち、ない、そんな甘酸っぱい青春の1ページがない!」
自分の初体験は中学の頃、酒に酔って神社の境内で寝ていたところを帰省中の大学生のお姉さんに襲われたんだとシドさんが言い、ハクトはハクトで、高校に入ってからずっと僕と一緒にいるはずなのに、いつの間にか今の彼女は3人目だという。
「だから、甘酸っぱい詞が書けないから、セツヤに頼るしかないんだ」
二人はそう言って笑った。
実際、それからの僕の詞は、甘酸っぱい恋の歌が多くなった。ラブソングだと言えば聞こえは良いけど、この頃の歌は今の自分が見て、とても恥ずかしい。よくもこんなものをライブハウスで恥ずかしげもなく歌っていたものだと思う。
事実……メンバーにも、彼女となった森子にも、非常にウケが悪かった。
「あんたって……負け犬がお似合いなんだわ」
森子の辛辣な言葉が飛ぶ。だけど、メンバーは誰一人止めてくれず、森子の言葉に大きく頷いた。
私生活で森子と二人、ラブラブで幸せなのに、書く詞は負け犬……。愛を求め、愛にさまよい、人生に惑う。そんな男の詞。どんどん、詞と心が離れていく気がした。
そして……森子と初めて結ばれた日から……僕はまったく、詞が書けなくなった。
「バンドを辞めたい」
僕は、メンバーに向かって頭を下げた。
元々、森子以外の女の子に目を向けて、モテたくて、始めたバンドだ。森子がいる今、こんなに思い悩んでまで続ける必要はない。そう思ったからだ。
「無理に新譜を出さなくても、今まである曲でいいじゃないか。せめて卒業までやろうぜ」
ユウヤがそう言うので、卒業ライブに新曲を一曲出して、バンドを解散することで合意した。
「Blauer Himmelは高校卒業をもちまして、解散します」
そう告げたのは、夏が過ぎて新学期になってすぐのライブハウス。
ハクトとシンゴは同じ私立大学に進学すると言っているし、ユウヤは実家を手伝いながら、ベースの勉強を続けると言っている。僕の家は母一人だし、僕はハクトやシンゴほど頭がよくないから同じ大学には行けないだろうけど、公立の大学はいくつか受けるつもりでいた。だから、今のタイミングでファンのみんなに解散を告げることはいいことだと……そう思っていた。
「Blauer Himmelが解散するのは貴方のせいよ!!」
「そうよ、セツヤくんたぶらかして!」
「ちょっと可愛いからって、良い気になってんじゃないわよ、このチビ!」
ライブが終わって、片付けを終えてライブハウスを出た直後。女の子の高い声の怒号が、暗い路地に響く。突き飛ばされた森子を、僕は抱き留めた。
「キミたち、なにしてんの。この子、俺の彼女なんだけど?」
森子に何か叫んでいた女の子が、僕を見て「きゃあ」と高く叫んで、顔を両手で隠す。
「……彼女が、なんか悪いことした? あ、口が悪いから、気に障ったらごめんね?」
森子を抱きしめながら僕が言うと、女の子達が「違います、違います」と、大きく首を振る。だけど、森子の頬は腫れてるし、唇は少し切れて、腫れて血がにじんでいる。
「……これ……キミたちがやったの?」
僕が女の子達を睨み付けると、女の子達は「違います、違います」と、更に大きく首を振った。
「あんたたちが解散するの……私の所為らしいわ」
森子がそう小さく呟いて、僕を突き飛ばすようにはねのけ、大きく溜息を吐いた。
「冗談じゃないわよ。好きだ好きだって言うから付き合ってあげたのに、ファンの子達からは恨まれるし、私の所為で良い作品が作れなくなって、解散しますって……ふざけんな」
「森子……?」
僕が小さな森子の顔を覗き込むと、森子がキッと僕を睨み上げた。
「解散よ、解散!」
「……? うん、だからBlauer Himmelは解散……」
「違う、私と、あんたが、解散! コンビ解消!」
森子の言葉に、僕だけでなく、森子をいじめていた女の子達も、驚く。森子が、女の子達を睨み付け、僕を指さした。
「これ、あんた達にあげる! 私の大事な人なんだから、あんた達ファンが責任持って、大事に大事育ててよね!」
森子の迫力に、女の子達が思わず「はい!」と頷く。次に森子は、キッと僕を睨み上げた。
「あんたは一生負け犬でいろ! それがお似合いだ、バカ!」
……森子の捨て台詞に……くるりと踵を返して走り去る、小さな背中に……僕は何も言えなくて……ファンの女の子達とともに……古くて狭い路地に取り残された。
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