成功

 だけど……どうもそのあたりから、僕はモテるようになった。

 地元のフリーペーパーやら、タウン誌の取材が良く来るようになって、「Blauer Himmelボーカル、雪夜SETSUYAくん(18)」なんて紹介されると、次の日からは下駄箱にも、あんまり知ってる人がいないはずのメールアドレスにも、じゃんじゃん告白のメッセージが送られて来るようになった。


 ……そして僕は……少しずつ、天狗になっていた。


「なに、雪夜SETSUYAって。だっさ」

 森子が、僕が載っているフリーペーパーを見て、眉をひそめる。

「……そう」

 いつもの僕なら、森子に「ださい」と言われたのが恥ずかしくて、その紙を取り上げて、くしゃくしゃに丸めてしまったかもしれない。だけど、その日の僕は、そうして僕を否定する森子が、ひどく嫌な女に見えた。

「あんたは、緑のジャージにぼさぼさ頭の方が似合ってるわよ」

 僕の背中に向かって、森子が呟く。

「だけど、うちの母もファンの子も、今の方が良いって言ってくれてるから」

 僕は森子にそれだけ言って、踵を返す。

「俺は俺のやりたいようにやるよ。例え森子が認めてくれなくても」

 ……森子と出会って初めて、僕は森子を【森永さん】でなく、あだ名で呼んだ。だけど、森子自身はそれに気付いていないようで、自分に背を向けた僕のシャツをぐっと掴む。

「……なに?」

「ださいあんたの方が好きだって言ってんのよ」

 

――一瞬。


 僕は、森子に何を言われたのか分からなくて、校舎の屋上から、ゆっくりと空を見上げた。そして、それからさらにゆっくりと、森子を振り返る。

「……もう一度」

「中学ジャージで、ぼっさぼさ頭の、“眞鍋セツヤ”の方が……”雪夜”より、好き」

「抱きしめても怒らない?」

 森子が頷くので僕は彼女を抱きしめたものの、彼女が小さすぎて頭しか抱きしめられなかったので、そのまま脇に両手を挟んで、高々と持ち上げてしまった。

「失礼ね!」

 僕に高い高いをされた恰好の彼女が、真っ赤な顔で怒る。

「ごめん……気が動転して。まさか、高校在学中に君に振り向いて貰えるとは思ってなかった」

 僕は身体が弱い。筋肉もほとんどない。そんな虚弱な僕がこんなに高々と差し上げているのに、彼女はまったく重さを感じない。太陽を背にした彼女は、本当に良く出来たフランス人形のように見えた。

 僕は彼女を近くに寄せ、ギュッと抱きしめる。彼女も僕の首に腕を回し……。二人で何度も、「好き」と言い合った。

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