私が鬼さんになっても

1.山幸彦の妻

 トヨが目を覚ましたとき……。

 小猿は傍にいなかった。

「小猿!?」

 トヨは亀の甲羅に乗ったまま、どこかの浜に打ち上げられていた。

「小猿、どこ!?」

 いくら呼んでも、小猿の姿は見当たらない。代わりに、金色の髪をした巨大な男が、亀の甲羅のなかにいるトヨを見つめていた。

「お、鬼!?」

 トヨは驚いて後ろに飛びすさったが、そんなトヨに、男は優しくほほえみかけた。

「気がついたか。ヤマト人の娘」

「あなた……誰?」

「俺の名は羅関白ら かんぱくという。この島の管理人だ。この村のヤマト人たちは、俺のことを山幸彦やまさちひこと呼ぶがな」

「わたしは、トヨ」

 自分の名を名乗ってから、トヨは羅が白い髪の少年を肩に担いでいるのに気づいた。

「小猿!」

「おや。お前のツレだったか。浜で拾った子どもは、一度ウチで預かることになっている。この子の治療もあるから、お前も一度、ウチにおいで」


 連れて行かれた羅の家は、村長の娘であるトヨが驚くほどに、立派な石造りの家だった。

「なに、この家」

「すごいだろう? 俺が建てた」

 若干自慢げに、羅は自分が建てた二階建ての家を見上げる。

「あなたが、これをひとりで!?」

「そう。俺はこの村のすべての家と、村で使う農具を作っている」

 羅は石造りの家の説明をしながら、家の中に入っていった。小さなトヨにはわからないと思いながら、少し難しい解説を加えたが、トヨは興味深く、黙って羅の話を聞いている。

 二階まで二人を運んだ羅は、そこで妻を呼んだ。

豊玉臣とよたまおみ

 羅に名を呼ばれた妻と、三人の娘たちが顔を出す。

「お帰り。山幸彦」

 にこやかに夫を迎え入れた妻だったが、床に寝かされた少年の髪の色を見て、絶句する。

「小猿!」

 おもわず小猿に駆け寄って、豊玉臣はそのぐったりした身体を揺さぶった。

「小猿! 月読尊ツクヨミノミコト! 起きなさい!」

 豊玉臣は遠慮なく、何度も小猿の頬を打つ。それでやっと、小猿が目を覚ました。

「……トヨタマ……?」

「小猿! あんたなんでこんなところにいるの? 姫様方の護衛はどうしたの!」

「それはこっちの台詞や。4年も便りのひとつもよこさんと、なんでこんなところにおるんや! 宮様方は?」

「大丈夫、一緒にいるわ」

 イサと犬飼健は山に材木をとりに出かけ、ワカは羅の養母と二人で川に洗濯に言って居るという。

「ワカの宮を、ヤマトに連れて帰りたい。大王おおきみがもう、ながいことない」

 大王の危篤を知り、豊玉臣は驚いたが、「この島からは出られない」と首を振る。

いかだを作った。崖の上から、大きな凧や大きな翼を作って、飛んでみた。空を飛ぶ船を作って飛ばしてみた。だけど……どれも、ダメだった」

「……そんな……」

 この島に一度入れば、もう外の国には行けない……という豊玉臣の言葉を聞いて、小猿は頭を抱え込む。


 帰宅したワカから聞いた話では、海の神様がヒトの女性を嫌うことは知っていた。だから、豊玉臣を男装させて旅をしていたのだが、いざウラシマに大型船を借りる……と言う段になって、豊玉臣が女性であることがバレ、船を貸してもらえなくなったのだという。

 しかたなく、家の裏に捨ててあった小舟を拝借して海に出たのだが、あっさり海神の怒りに触れて嵐に遭ってしまい、この村に漂着したのだそうだ。

 この島には温と羅という二人の王がいるが、温は鋳鉄と農業、羅は建築と狩猟に長けており、イサは羅に、ワカは温に、それぞれの分野で学ばせてもらっているのだといった。

「兄上は木造の住居なら一人で建てられるようになったし、僕も穀物の育成に力を入れてるんだ」

 顔を輝かせながらそんなことを言うワカの顔は、ヤマトにいたときよりずっと、生き生きしている。

 そんなワカが気の毒だとは思ったが、小猿は大王が危篤である話をする。イサもワカも父親の心配し、顔を見合わせるが、最終的には豊玉と同じく「この島から抜け出せる方法が、今のところ見当たらない」と言った。

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