3-2.旅立ちは突然に
だが、その頃から小猿はしきりに
「あのおばはん、なにしよるかわからんで。悪いことはいわん、宮様がたを連れて、逃げよ」
「小猿、お前、何を言ってる?」
「
「バカを言うな」
東宮を都から出せという小猿の意見を、犬が突っぱねる。
「あのおばはんは人の話を聞くようなヤツやない。じぶんの頭で、ありもせん話を組み立てて、それ以外は信じへん、めんどくさいおばはんや」
小猿より長く
「あと3年……いや、2年でもええ。とにかくなんか理由作って、都から出るんや。
小猿の言葉に、犬が眉をひそめた。
「なぜ、大王が
「唇の色が冴えへん。肌の色も悪い。目もくぼんで、目玉が血走って……俺のおかんは巫女や。葬式の仕事もようけやってはった。せやから俺は、死にかけの人間を
顔の下半分を白い布で覆った少年は、大きな男の逞しい腕を強くつかむ。
「あのおばはん……大王に毒を盛りよんとちゃうやろうか?」
酷く危険な推測をする小猿に、犬が張り手を食らわせる。
「馬鹿者!
だが、小猿にとって大王はイサやワカのお父さんでしかなく、王后に至っては優しくて大好きなクニカ姫をいじめる意地の悪いクソババァでしかない。
「お犬様のアホ! 腰抜けが! もおええわ、俺がワカの宮を守ったる!」
犬に張られた頬を赤くふくれあがらせた小猿は立ち上がり、大きな足音を立ててシトの家を出て行ってしまった。
だが、小猿の言いしれぬ不安は……残念ながら、現実のものとなった。
ある夜……。
寝所で休んでいるワカに、何者かが襲いかかった。
「待ってましたあぁぁあ!」
寝台の上で寝ていたのは、ワカに扮した小猿だった。小猿はワカを襲いに来たはずの
「ぎゃぁぁぁぁ!」
刺客はいきなり起き上がって大声でわめき出す小猿に驚いて、寝台から大きな悲鳴を上げて転がり落ちた。小猿と刺客の悲鳴に驚いたワカが起き上がる。
寝台の下で気絶している刺客をごろりと転がして、小猿はその顔を見つめた。ワカも、床に寝そべる刺客の顔を覗き込む。
案の定、刺客の顔は見たことがなかった。
豊玉と同い年くらいの女だが、ヤマト人の顔立ちではないから、どこかの国から流れてきた者を刺客に使ったのだろう。
「これで……わかったやろ? な、理由なんかなんでもええねん。とにかく、逃げ」
小猿の提案に、犬飼健も頷くしかない。
大王には兄東宮の遺言により、吉備の国の平定を頼まれたと言い、イサとワカはお供に犬飼健と豊玉臣を連れて、ヤマトの地を離れていった。
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