2-3.ワカの話

 イサは孝霊帝の五番目の子どもでありながら、王位継承権は孝元東宮に次いで第二位となっている。母のクニカ姫が孝霊帝と同じ王族であるためだが、細媛命くわしひめのみことにはそれが気に入らなかった。


 それで、ことあるごとにイサをいじめようとするのだが、このイサ、生まれ持っての強情者で、王后のいじめなど気にもとめない。それどころか、王后にいじめられた日には、小猿を使って王后の御所にカエルやら蛇やらムカデやらを置いてくるもので、王后のイサ嫌いは日に日に、増していく。


「母上が悪い! イサは母は違うとは言え、私の弟ですよ。どうぞ、もっと可愛がってやってくださいませ」

 孝元東宮はことあるごとにそう言って母をたしなめたが、母のイサ嫌いはとどまるところを知らない。

 それで、孝元はとうとう、「俺が即位してもイサは東宮にはしない!」と、イサとワカ、それに細媛命くわしひめのみことの3人を集めて、言い渡した。「勝った!」とばかり、拳を握る細媛命くわしひめのみことだったが、孝元の次の言葉が細媛命くわしひめのみことを驚かせる。


「俺が即位したあと、東宮はワカタケヒコに任せる」


 なぜ、この場に末っ子のワカタケヒコが呼び出されたのかと思っていたが、東宮は兄弟の中で一番頭の良いワカを、自分の跡継ぎにするという。

「東宮、何を仰せですの。東宮のお世継ぎは男一の宮に……」

 数え24歳になる東宮には、二人の妻とのあいだに6人の子どもがいる。その中の男一の宮を次の東宮にせよと、細媛命くわしひめのみことは言っている。

「男一の宮はまだ3歳ですよ? それに、大王は未だご健在。俺だってこんなに元気にしている。それなのに、次の東宮の心配などするのは気が早すぎますよ」

 息子の正論に、細媛命くわしひめのみことがぐっと詰まった。

「この話は、ここまでにしましょう」

 母の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、孝元はイサとワカに、「男一の宮はワカの次の東宮にせよ」と告げた。

「僕の次? 結局、僕は大王にならなきゃいけないの?」

 てっきり、自分を東宮にするのは細媛命くわしひめのみことへの方便だと思っていたワカは、驚いて孝元に尋ねる。孝元は自分の考えを弟二人に説き始めた。

「上に立つ人間なんてのは、自分の意見を言わず、他人の話をよく聞いて必要な物以外はすべて受け流し、人にも味にも好みがない方が良い。そして適度に身体が弱く、20年くらいで退位してやった方が、臣下のためだ」

 孝元東宮の語る「リーダー論」に、イサとワカが顔を見合わせる。

「ヤマトは十分に大国になった。これからの大王には強い意志は必要ない。国を富ませること、西の国や東の国を制圧することは、臣下が考えれば良い。ただ、その臣下が戸惑わぬように、知力を持ってものごとの道筋を立ててやることが、これからの大王の仕事なのだ」

 自分の意見などない方が良い……といいながら、東宮は、ハッキリと「大王としての自覚」を弟たちに示す。

「それに、御所での仕事は暇すぎて、イサには耐えられないだろう。イサはワカの臣下として西方や東方の国々の征伐に赴いている方が、似合うよ」

 東宮の言葉に、イサもワカも「確かにそうだ!」と、頷く。

「まあ、次の東宮を選ぶと言っても、さっきも母上に言ったように、俺が大王になってからのこと。それまでに、イサもワカも自分の気持ちをよく確かめ、勉学と体術の修行に励むことだな」

 東宮が「少なくとも父帝が退位するまでは母の気をそらす」と説くので、イサもワカもほっと胸をなで下ろした。 

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