第2話 ヤマトの国の話

おばあさんが川で洗濯をしていたとき

1-1.ヤマトの話

 さて、ここで物語はやっと本題に入る。


 ヤマトの国は、初代大王おおきみ神武じんむ帝の頃から数えて7代目の孝霊こうれい帝の世である。

 ヤマトは当時のもとで一番大きなクニであるが、まだ、日の本すべてを統一しているわけではない。東の方は関東日本国かんとうにほんこくが勢力を伸ばしているし、西の方は熊襲クマソ狗奴国クナコクなどがヤマトに対してたびたび、攻撃を仕掛けるようなそぶりを見せている。


 今上きんじょう孝霊帝の心配事は目下、西の地方の平定だった。

 だが、大王の御旗を背負って将軍たちを従え、戦地に赴く武人たちを束ねるはずの東宮とうぐうは……身体の弱い子だった。

 東宮の名は、孝元こうげんという。数え12歳で、なかなかにさとい子だったが、何かあるとすぐに風邪をひいて寝込んでしまう。それに加え、孝元の母親である細媛命くわしひめのみことがとにかく口うるさかった。

 孝霊帝や大臣たちが孝元東宮に少しでもムチャをさせようとすると、すぐにヒステリーを起こす。東宮は東宮なりに、身体の大きな家臣を相手に体術の修練を試みたりはしたのだが、母がそれを見とがめて、また、ヒステリーを起こす。

 それが数年続いて、東宮の方も身体を鍛えることはすっかり諦め、勉強にいそしむようになっていった。


 孝霊帝はそんな孝元に大王おおきみの位を譲った後のことを、いつも考えていた。心優しく、学問が大好きな孝元は、クニを穏やかに治めることには向いている。だが、ひとたび西方の国々が攻めてくるともわからない状況に置かれてしまえば、孝元の優しい性格ではヤマトなどすぐに攻め滅ぼされてしまうことは、容易に想像ができる。

 自分の代で西方の国々を制圧し、孝元には日の国の西地方をすべてヤマトの国として、後世の大王が行うだろう東方制圧にむけ、国力の増大に心血を注げる御代にして引き継がせてやらなければならない。

 だが、それには自分のため、いずれは大王となる孝元のため、ヤマトの国のため、ヤマトの軍を率いる総大将となるべき健康で強い王子が必要だと……孝霊帝は考えていた。


 そんななかで、孝霊帝の第三王后である倭国香媛ヤマトノクニカヒメが子を産んだ。

 倭国香媛ヤマトノクニカヒメは、第三代大王である安寧帝の弟の孫娘に当たる。内親王と言っても良い身分だったから、本来であれば結婚などせず、のんびりと機を織り、歌を歌って暮らしていれば良かったのだが、双子で生まれてしまった。

 この時代、双子は忌み嫌われる存在だった。それで父親に嫌われ、去年、双子の妹である恒某弟ハエイロド姫と一緒に、孝霊帝の元に嫁いできていた。

 孝霊帝は、同じ王族であるクニカ姫が我が子を、しかも男の子を産んだことに、心を躍らせた。

「王子は息災そくさいか」

 王子の誕生を知らせに来た芦品土大彦アシナヅチノオオヒコに、子どもの様子を訊ねる。

「母子ともに」

 アシナヅチも、その髪の毛のない、しわくちゃの顔をさらに破顔させ、王子の誕生を喜んだ。

「そういえば、良い知らせと、悪い知らせがございます」

 アシナヅチがふと、真面目な顔に戻るので、孝霊帝は首をかしげる。

「なんだ?」

「巫女の君がお産みになった王女の方は、死産いたしました」

 ちょうど同じ日に、孝霊帝が気に入って傍においていた娘も出産していた。だが、その子は残念ながら死産だったという。

「そうか。で、良い知らせの方は?」

「クニカ姫様が、もう一人、お子様をお産みになられました。女の子でございます」

「なんだと? 双子だと申すか?」

「おや? 双子では、いけませんか?」

 てっきり、「死産した子の生まれ変わりだ、慈しんで育てよ」という命令が下るかと思っていたアシナヅチが、眉根を寄せて大王を見つめる。

「双子は育たぬ」

「何を仰せです」

 孝霊帝は天照大神を先祖に持つ神の子である。だから、しきたりや儀式を非常に大切にしている。だが、武人から立身出世した木訥な老人、アシナヅチは宗教的な概念が理解できず、「よく食べ、よく寝て、よく動けば、自然と元気な子に育ちましょう」と、当たり前のようでいて難しいことを言う。

 それでも、「双子は……」と言い続ける大王に、アシナヅチはある提案をした。

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