1-2.おばあさんが川で赤ん坊を拾う話

 クニカ姫が双子を産んで七日目のこと。

 ぷっくり、まるまると太った老婆が、川の上流で洗濯をしていた。と、そこに二艘の舟が流れてくる。老婆が目をこらしてよく見ると、大きな桃の葉で編んだ舟で、中にはそれぞれ、赤ん坊が寝かされていた。

「なんてこと!」

 老婆は慌てて舟から赤ん坊たちを抱き上げる。

「まあ、なんて可愛らしいあかちゃん。わたしが拾って育てましょう」

 聞いている方が恥ずかしくなるほどの棒読みで、大声を上げた老婆の言葉が終わった瞬間、大きな楽器の音がし、茂みから楽師や巫女が躍り出て天にまします神々に捧げる神楽を踊り始めた。

「シト。役目、大義」

 巫女や楽師が躍り出た茂みから一番最後に出てきた大柄で禿げた老将……アシナヅチが、太った老婆をねぎらう。

「生まれたばかりのお子様がたを船に乗せて流すなど……途中でひっくり返りでもしたらと、生きた心地が致しませんでした」

 生まれた子どもを一度川に流し、厄を落としてしまえと、大王に提案したのはアシナヅチで、倭国香媛ヤマトノクニカヒメの乳母であるシトがそのアシナヅチに命じられ、こうして双子の王子、王女を拾い上げたのだ。

「だが、これで大王の気持ちも少しは晴れよう」


 アシナヅチが言う「厄落とし」を無事に終わらせた子供たちは、この夜、大王から名前が贈られた。

 弟である王子の方は、彦五十狭芹彦命ヒコイサセリヒコノミコト

 姉である王女の方は倭迹迹日百襲姫命ヤマトトビモモソヒメノミコト


 皇子みこのお傅役を仰せつかったのは、犬飼健いぬかいたけるという。シトの8番目の子どもである。皇女のお傅役は、豊玉臣とよたまおみという。シトの妹の娘である。

 ふたりとも、まだ10歳にもならない小さな子どもだったが、気が強くて利発なところが倭国香媛ヤマトノクニカヒメの目にとまった。


「おばさん。この子、良い匂いがするね」

 桃姫の頬に顔を近づけ、豊玉臣がそんなことを言う。

「甘い、桃の香り。この子の匂い、あたし大好き」

「おや、そうかい? 大事に、大事にお育てしておくれよ」

「はい!」


 こうして……桃の葉で川に流された双子は、犬飼健と豊玉臣の手によってすくすくと成長していった。

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