猿が来る、いつも猿は来る、両手広げて待っている
2-1.イサの話
双子が生まれてから、12年の歳月が流れた。
現代に比べて栄養が不足しているこの時代、多胎児でなくとも赤ん坊は育ちにくかったが、
強情でわがままなところが目立ち、侍女や
それどころか、東宮である孝元を差し置いてまるで三男坊のイサが東宮であるかのような扱いをすることがあったから、現東宮の母である
ある日、孝霊帝は12歳になったイサの元服と、孝元東宮付きの近衛大将になることを命じる。
大嫌いなイサが可愛い東宮の傍に常にいることになる事態に、
「大王! イサセリヒコを東宮さまのお傍におくなど、滅相もございません! いつ、寝首をかかれるかもしれませず! あたくし、東宮の生母として、断固、お断り申し上げます!!」
だが、妻の意見になど耳を貸すような孝霊帝ではない。
「じゃあ、孝元を廃嫡して、イサを東宮に据えるか……」
などと軽々しくいうものだから、それには
孝霊帝と、
「それはさすがに、多い」
若いクニカ姫の突飛な提案に、孝霊帝は呆れた。
「王子たちはそれぞれに得意な領分があろう」
孝霊帝はそう言うと、力の強い第3王子のイサと第4王子の
東宮の弟宮全員が我が息子の臣下に下ると聞いて、
だが、当のイサセリヒコからすると、元服などたまったものではない。
「いやだぁぁぁ! いやだ、いやだ、いやだぁぁぁ!」
イサセリヒコのワガママ者の大声が、御所中に響き渡る。
「元服なんて、いやだぁぁぁあ!」
「イサの宮! わがままを申されますな!」
従者の
「まだこんなに可愛い盛りなのに、元服しろだなんて……父上と母上の、ばかぁ!」
髪を稚児髷から無理矢理、大人の
「こんな髪型、いやだぁぁぁ……」
「大人になるかならざるか、
犬がいつもの毒舌を吐く。
ふと……犬は、えもいわれぬ悪臭に気づいて、顔をそちらに向けた。
「どうした?」
「臭い」
主人の問いかけにそれだけ答えて、犬はイサを肩に乗せたまま、匂いのする方に足を向ける。
御所の中にどうやって入り込んだのか、白い髪の毛をした小さな少年と……匂いの元であろう、杖をついたしわくちゃの老婆が、巨体の犬を見上げていた。
「
犬の問いかけに、老婆の方が「クニカ姫に会いたい」と告げる。断ろうと思っていた犬だが、老婆の悪臭のそのまた向こうにある懐かしい匂いをかぎ分けて、眉をしかめた。
「嗅いだことのある匂いだ」
「この匂い……巫女の君か?」
犬が老婆に、かつて御所でそう呼ばれていたときの名前で呼びかける。
「おぬし、儂と会うたことがあるのかえ?」
老婆は呼ばれた名を否定せず、だが、「巫女の君」という懐かしい名で呼ばれたことに驚いて、犬にそう問いかけた。
「いや……母にそなた様の匂いが付いていたことがある」
犬はイサを降ろし、老婆の
「青年よ。クニカ姫様に、会わせてたもれ」
老婆の懇願に、犬は首を振った。
「姫より先に、母に会われよ」
「おぬしの母……とは、どなたじゃ」
「クニカ姫様の乳母で、シトという。俺は、シトの8番目の子だ」
「シト殿!」
シトという名を聞いて、老婆のまぶたのたるんだ両方の目から、涙があふれ始めた。
犬はそんな老婆に眉をしかめながらも、イサには孝霊帝のいる表御所に参内するように言い、老婆と少年を母の部屋に促す。
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