4.海幸彦の話

 家に帰ると、おばぁが自分を探している。

 いや、温もミムラも、村を挙げて自分の捜索が行われていると知って、ホオリは驚いた。


「ホオリ!」

 ホオリの姿を認めるなり、おばぁがホオリにしがみついた。

「よお、よお帰ってきた! よお帰ってきた!!」

 おばぁが何故、ここまで取り乱したのかわからないホオリは、戸惑いながらもこの年老いた養母を慰めていたが、温がそっと、ホオリに囁く。

「あの島は、例の海流の向こう側にある。あそこまで行って帰って来られるのは、この島ではホデリ一人だ」

 温の言葉に……ホオリは、……と言うことに、やっと気づいた。


 ホデリは、帰りが遅いホオリを探しに来たわけではなかった。

 ホオリがワタツミの怒りに触れ、海流に飲み込まれて死んでいることを……ホデリは、ホオリがあの島にことを、確認しに来たのだ。


「なんでだ? お兄ちゃんは、俺のことを嫌ってたのかよ!」

「なんで、お前ばかりヒトに愛されるんだ! お前さえいなければ、俺は……」


 俺は……?


 そう言った後の、言葉が続かない。

 人に愛されたい。

 それは確かだ。

 ホデリは醜い見た目のせいで、誰からも「愛された」という記憶がない。

 だが、おばぁも、温も、そしてホオリも……みな、家族としては自分を愛し、認めてくれている。

 ホオリのように、気軽に声をかけられ、気軽に恋をし、気軽に友だちができる……そんなふうになりたかった。ホオリがいなくなれば、そうなるかと、今の今まで思っていた。

 だが、ホオリがいなくなったあとは……どうだろうか。

 ホデリより顔の醜い男はこの村にはいない。例えホオリがいなくなったとしても、ホオリの次に面相のいい男に嫉妬し、その男がいなくなったとしても、また、次の男に嫉妬し……。

 ホデリはきっと、永遠の「嫉妬」から抜け出せなくなることだろう。


「こんな小さな島の王になりたいのか?」

 温の問いかけに、ホデリは顔を上げた。

「別に、王になりたかったわけじゃない」


 ただ、温に認めてもらいたかった。


 ホデリの心は、それだけだ。

「オヤジ様、おばぁ。頼みがある。ホオリと、戦わせてもらえないだろうか」

 唐突なホデリの申し出に、温もおばぁも驚いたが、指名されたホオリはもっと驚いた。

「やめろ。実力も年齢も違いすぎる。ホオリを殺すつもりか」

 温は止めた。ホオリも嫌がった。

 だが、おばぁがただ一言、「やってみなはれ」と告げた。

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