2.温の話

 おばぁに助けられた者たちは、やがて島に住みつき、島の中で恋をし、子を成した。

 今では浜に打ち上げられる子どもの数より、打ち上げられてきた大人たちが夫婦になって産んだ子どもの数の方が遙かに多い。両親ともに島で生まれ育ち、夫婦になって自分が生まれた……という子も、それほど珍しくはなくなってきた。



 この島の「王」を名乗る青年、温眉元おん びげんも、おばぁによって拾われ、島の娘と結婚して子をなした者の一人だった。

 おんは二十年ほど前、たくさんの従者と共にこの島の浜に流れ着いた。

 おばぁがこの一団を拾ったとき、温の両親はすでに息絶えていたという。従者たちの中ですぐに目覚めた者たちが、温を見て「王子様」と呼んだ。

 従者たちは、おばぁに頼んで村の一番見晴らしの良い土地を分けてもらい、すぐにそこに頑丈な城を築いて、温を住まわせた。

 小さな頃から従者にかしずかれて育った温は、さぞかしイヤなガキに成長した……と、いうことはない。

 温は、正しくこの島の王であろうとした。

 従者が持つ鋳鉄技術、建築技術、農耕技術を惜しみなく村の住人たちに教え、自らも住人や従者たちに混じって家を作り、農器具を作り、舟を作った。

 温が30歳になる頃には、温がこの島の「王」を名乗ることに異議を唱える住人はいなくなった。皆が温を「王」と敬い、おばぁを王の養母として慕った。


 18を過ぎ、成人として村の運営に関わるようになったホデリも、温を「王」として尊崇していた。

 だから……。温が、自分の娘であるミムラの婿に、ホオリを選んだときは、哀しかった。

 温にとって、ミムラの婿にホオリを選んだのはたいした理由ではない。

 ただ、村の優秀な男たちの中で12歳のミムラと一番年が近かったのが、13歳のホオリだった……というだけだ。ホオリは「まだ結婚したくない」と言うし、ミムラもまだ12歳。お互い、16、7のちょうどいい頃合いになるまで、名前だけの許嫁でいさせておこう……温にとって二人の婚約は、ただ、それだけの軽い気持ちだった。

 ところが、村の優秀な男たちから見れば、ミムラの夫に選ばれたということは、温から「王」の次期後継者に指名された……ということと、同じだった。

「次の王はホデリやと思うとったんやが」

 年の近い青年たちだけでなく、村の長老たちでさえ、そんなことを言った。


 ――俺の顔が醜いからか……?


 ホデリの頭に、そんな思いが芽生える。

 ホデリは毎日、朝早くから漁に出て夕暮れ時になればたくさんの魚や貝を抱えて浜に戻ってくる。そんな生活を毎日続けていたから、この近海の海で知らないことはなく、この島の周辺の島々のことも、知り尽くしていた。いつしかホデリは村人たちから「海幸彦」と呼ばれ、漁には欠かせない存在となった。

 だが、漁を生業とする長老や若い男からもてはやされはしたが、同じ年頃の若い女たちからの人気は今ひとつだった。

 醜いのだ。

 何より、顔の真ん中に横一文字に刻まれた深い傷跡が、ホデリの顔の醜さを際立たせていた。

 男たちはその傷を「海神の守り」だと言うが、女たちはホデリの顔の傷を見て、気を遣って目をそらす。島に来てから、ずっとそうだ。


 反対に、弟のホオリは非常に美しい顔立ちをしていた。

 太陽の反射によっては光り輝いているように見える、黄金の髪。青い眼。そして、日に焼けた褐色の肌。13歳という年齢ながら、背が高く、逞しい体つき。

 海のことは兄に敵わぬと、10歳を超えた頃から島の山で猟をするようになったが、温から教えてもらった鍛冶仕事が性に合っているのか、これがまた上手い具合に猟にあう弓矢や罠を作り上げてしまう。

 そんなホオリを、村人たちは兄に対して「山幸彦」と呼んだ。


 ホデリとホオリは、仲の良い兄弟だった。だが、ホデリはずっと、年齢を重ねるごとに美しく育ち上がるホオリの顔立ちに嫉妬していた。

 そこにきて、ミムラとホオリとの婚約……。


 ホデリの心は、乱れた。

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