第1話 ホデリとホオリの話
1.ホデリとホオリの話
少年の名は、ホデリといった。
それが、本当の名前でないことは知っている。
自分の本当の年齢も、知らない。今年で多分18か19になると思うが、まだ7つか8つの頃に、この島の浜辺に打ち上げられていたところを島のおばぁに拾われた。
この島の者たちは、みんなそうだ。
この島の周囲の海流が特殊で、慣れた者でもうっかりすると、舟の舵を取られてしまう。このあたりの海流に慣れていないものならば、あっという間に海流に舟を飲み込まれ、この島の浜に打ち上げられる……ということがよくあった。
おばぁは毎日この浜を歩き、打ち上げられた者を助け、島に住まわせていた。
大人を拾えば家を与え、田畑を与え、やがて配偶者と見合わせて家庭を持たせる。
小さな子どもを拾ったときは、ひとりで生活できるようになるまでその子を育てた。
ホデリも、そうしておばぁに拾われ、育てられたうちのひとりだった。
おばぁはもう100年近くこの島に住んでいるといい、この島について知らないことはなにもない。
だが、島の浜辺から外に出たことはなかった。
だから、「海流」というものを知らない。浜辺に打ち上げられる者は、みんな海神の祟りに触れ、舟を取り上げられると信じ込んでいた。
死んで浜に打ち上げられる者は、海神の怒りに強く触れた者。生きて浜に打ち上げられた者は、海神に助けを請い、許された者。おばぁは海神からその者たちを助ける使命を受けているのだと……ホデリに教えた。
ホデリは、打ち流された傷が癒え、歩けるようになってからは、おばぁと共に毎日、浜を歩くようになった。
ホオリを見つけたのは、たしかおばぁと一緒に浜を歩き始めてから半年くらい経った頃だったように記憶している。
「おばぁ! 見てみぃ! ヒトの子が流されて来てるで!」
浜に打ち上げられるのはいつも、オオカミやシカといった大きな動物や、鯨や鮫といった海の生物の死骸ばかりで、ヒトが打ち上げられているのをはじめて見たホデリは、半ば興奮気味におばぁを呼び寄せる。
打ち上げられていた子は……舟に乗っていた。
違う。
大きなウミガメの甲羅がまるでゆりかごのように子どもを守り、この浜に打ち上げられてきた。
金色の髪と青い目の3歳か4歳ほどのその子は、ホデリがいままで聞いたこともない言語で、ホデリに話しかけてきた。
「なに、言うとんねんこいつ」
ホデリは眉をひそめ、それでもその小さな子どもを抱き上げてやった。
背中をトントンと優しくたたいてやると、ウミガメの甲羅から出てきたその子は、ホデリの胸に頭をもたげて気持ちよさそうに目をつぶる。
「……乳がゆでも、作ってやろうか」
おばぁがそう言うので、ホデリはウミガメの甲羅を浜辺に残したまま、幼子を抱いて、おばぁとともに家に帰る。
「その子の名は、今日からホオリにしようか。ホデリ、その子はお前が育てぇ」
ホデリはおばぁの言いつけ通り、ホオリと名付けられたその子を一生懸命育てた。
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