第362話 大阪市中央区南船場の小ぶた(野菜マシマシニンニクマシマシアブラカラメアレ)

「終わった、な」


 健康診断が、である。

 その前だけ節制しても仕方ないという言説もあるが、直前だけ頑張って改善できるのであれば、それはそれで健康の証であろう。


 仕事帰り、映画を観に行く前に、しばらく控えめだった外食をするのも悪くないだろう。


 さて、何を喰うかだが。


「なんだか無性につけ麺な気分だな」


 ときおり、そういうことがあるのだ。


 選択肢は沢山あるが。


「そういえば、夏限定でつけ麺をやってるとこがあったな」


 かくして私は、心斎橋に降り立っていた。


「と、出口ミスったな」


 駅の北側の店を目指すのに、南改札から出てしまった。


 まぁ、いい。


 御堂筋の東側で地上に上がり、更に一つ東の心斎橋筋商店街へ入って、楽器屋などを通り越しながら、北上していく。


 しばし北上して百円ショップを越えてほどなく。左側に少し曲がったところに目的の店はあった。


「お、空いてるな」


 映画の時間もある。サクッと入れるのはありがたい。


 さっさと入って備え付けのスプレーで消毒し、食券機へ。


「なるほど、組み合わせか」


 通常の麺の食券を買い、プラスアルファの食券で「つけ麺に変更」という仕組みのようだ。


 ここは、小ラーメンで十分だろう。小といいつつ、麺量250gあるからな。それにつけ麺変更の食券を組み合わせ、空いているカウンター席へと着く。


 食券を出し、


「十分ほどお時間いただきます」


 丁寧な説明に応じれば、あとは待つばかり。『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。現在は夏の大型イベントも終わり、ひと段落。谷間の期間だ。ゆえに、のんびりおでかけをしこんだりするだけに留める。


 そうして、ジャンプを読んだりして待つことしばし、


「ニンニクいれますか?」


 と声がかかる。


 さて、節制していたあとだ、控えめに行こうかと思ったが、思い出す。健康診断の問診に、こんな項目があったのだ。


『意識して野菜を摂取していますか?』


 それに、お前はどう応えた?


『いつも意識している』


 だ。なら、答えは決まっている。


「野菜マシマシニンニクマシマシ、あと、アレを」


 そうだ。少なくとも野菜マシマシにしないと問診に嘘を書いたことになる。危なかった。


 少しして、注文の品がやってくる。


「おお、緑がいい感じだ」


 つけ汁の方に山盛りの野菜とその下に沈むように大ぶりの豚。周囲に刻みニンニクまでは定番だが、そこに添えられたほうれん草の緑が新鮮だ。


 麺は、太い麺がしっかり冷水で締められている。


「いただきます」


 まずは、野菜を食う。


「ん? 思ったより、あっさり目?」


 アブラを増さなかったのもあるが、それにしても、豚骨醤油の清湯スープと言った感じで脂っこさはそんなに感じない。豚の旨みを醤油で立てた感じか。


 ともあれ、野菜が進む味だ。ニンニクを混ぜ込んでアクセントを加えるのもいいし、ほうれん草の味わいが加わるとまた、趣が変わる。


 と。


「麺も、喰わないとな」


 すっかり野菜ばかり食っていたが、ここで麺をつけて喰う。


「おお、これは、さっぱりいけるな」


 冷たい麺に出汁のきいたつけ汁を纏わせると、するするといける。なるほど、夏限定というのは、こういうことか。


 ずるずると啜り、徐に豚を囓る。しっかり下味の付いた豚が口内でホロホロと崩れ、そこを麺と野菜で追い駆けると、いい塩梅だ。


「さて、映画の時間もあるし、サクッと喰うか」


 思ったよりも、するっと入るのだ。野菜を麺を豚を、ツルツルッと胃の腑に収めていく。


「最後は、少し変化を加えるか」


 一味、胡椒、そして酢をつけ汁に回しいれる。



「うんうん、更にさっぱりしていいな」


 酢でごまかすほど元々こってり感もなかったので、事実夏らしいさっぱり感を味わえている。


 そうして、


「終わり、か」


 麺も尽き、つけ汁には野菜や麺の細かい破片が入るのみ。


 れんげで少し追い駆け。


 最後に水を一杯飲んで一息入れ。


 食器を付け台に戻し。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「腹ごなしに歩くか」


 劇場へ向かい、心斎橋筋を南下する。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る