第328話 大阪市中央区日本橋のラーメン(並ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ魚粉)

「静まれ、私の腹の虫……」


 思わず声に出しそうになって、思いとどまる。仕事帰りの地下鉄の中でこんな厨二なことを口走っている場合ではない。


 週末。金曜。

 明日から休みというところで、仕事もキッチリ終わらせた。


 楽しい時間への期待に心を躍らせていたが、しっかり働けば、腹が減る。


 それだけのことだ。


 なら。


「喰って帰ればよかろうなのだ」


 そういう訳で、なんば駅に降り立ち、南改札から出る。もう、なんだか今日はあの店に行きたくて仕方がない。


 なんばCITYの一階まで上がって南進。高島屋の南側で左折。道具屋筋方面へと進み、そのままオタロード方面へと。


 右折すればオタロードというところで、敢えての左折。そこに、目的の店はあった。


 開店直前の時間。先客は二人。振り始めた雨の中、傘を差して待つとほどなく、店は開いた。


 細長い店内へ入り通路突き当たりの券売機でラーメンの食券を確保し、Γになったカウンターの角の席に着く。すぐ横に給水器があるベストポジションだ。


「麺の量は?」


「並で」


「ニンニクは?」


「ニンニクはマシマシで。あと、ヤサイマシマシカラメ魚粉」


 と、食券を出して流れるようにオーダーを通せば後は待つばかり。『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。


 現在はパラレルワールド展開の学園ラブコメ的なイベントだ。メインはルベリスのようだが、アイテム集めの報酬に鈴蘭が居るので少し頑張ろう。


 出撃をしてアイテムを確保することしばし。目の前の厨房で麺上げが始まっていた。


 ゴ魔乙を終えると、それほど待たずに注文の品がやってきた。


「いい感じに染まっているな」


 山と積まれた野菜には、魚粉がしっかりと掛かって灰褐色に。麓のニンニクの薄黄色がいい対比になっている。そして、居並ぶ豚の肉塊。


 これだ、心がマシマシたがっていたんだ!


 まずは、野菜。魚粉塗れのお陰で、スープに浸さなくても喰えるぐらいにしっかり味がある。スープへの導線ができれば、浸すと豚味が加わって食欲が加速する。


 そのまま、麺を引っ張り出して啜れば、スープの油分を纏ってヌルリとした舌触りがよき。囓れば魚介を匂わせる豚骨醤油味のガッツリした食べ応え。


 そこで、ニンニクと豚をスープへ沈めていく。レンゲで野菜を慎重に抑えながら、麺を引っ張り上げる。


 天地が返ってしまえば、後は勢いで喰える。


 ニンニクが絡んだ麺は、刺激的でよい。豚を囓れば、濃縮された旨味。 


 勢いを止めず、一味と黒胡椒を存分に振り掛け、喰らう。


 種類の違う辛味が加わり、なんだか幸せな気持ちがこみ上げてくる。


 ああ、喰っている。


 マシマシて喰っている。


 口内に満ちるのは、魚介豚骨と科学の力で生み出された暴力的旨味。


 ああ、生きている。


 マシマシ喰って生きている。


 命が強くなる。


 これなら、悪しきものにつけ込まれることはないだろう。


 明日からの週末、心ゆくままに楽しめるだけの命が、満ちていく。


 マシマシを喰っていると、自由で救われて独りで静かで豊かになれる。


 心身を癒やす、健康にとてもいい食品だ。


 そんな食べ物だから。


「もう、終わりか」


 食い終わってしまっていた。


 スープの中には、僅かな麺と野菜の残滓のみ。


 レンゲで少し追い駆けて、追い命の水を補給する。


 だが、流石に全てを飲み干しては命が濃くなり過ぎる。


 過ぎたるは尚及ばざるがごとしだ。


 給水器でコップに水を一杯注ぎ。


 グイッと飲み干す。


 瞑想。


 深呼吸。


 丼への未練を断ち切り。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「少し、歩くか」


 オタロードへと、足を向ける。

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