第322話 大阪市浪速区日本橋の豚骨味噌(野菜マシマシニンニクマシマシ)
「ネットロア、か」
ハヤカワ文庫より刊行されている『裏世界ピクニック』。その影響で、ネットロアに対する興味が色々と湧いてきていた。いや、その前に『Occultic;Nine』があるので再燃、と言った方がいいか。
休日を利用して、そんなネットロアを題材とした映画を観るために日本橋へ出てきていた。とはいえ、その前に買い物と飯を済まそうと思っていたので、まだ、上映時間までは1時間以上ある。
オタロードへ赴き、イエローサブマリンでマルチジャンルホラーTRPGのシナリオ集と、追加ルールを購入し、『裏世界ピクニック』の原作本や新刊コミックを買うべくメロンブックスへ向かう途中で。
「腹が、減った……」
昼時には少し早いが、朝から活動していたのだからエネルギーを消費するのは道理だ。しっかり喰って映画に備えておこう。
とはいえ、めぼしい店は開店までまだ三十分ほど……
「って、開いてる、な」
メロンブックスへ向かう途中で左に折れてすぐにある店だが、既に開店していた。どうやら、このご時世で営業時間を変更しているようだ。
「これは、何かの導きかもしれぬ」
と大仰に考えつつ、店外においてある食券機へと向かう。
久々に汁無しもいいが、寒い季節はやはり熱いスープが恋しい。
となると。
「味噌、だな」
食券を確保して、店内へ。まだ開店から間もないため先客はおらず、細長い店内の一番奥のカウンター席へと着く。
食券を出せば、詠唱が必要だ。
「野菜マシマシニンニクマシマシで」
これで、後は待つばかり。『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!』を起動する。今はメインシナリオの新展開イベントが進行しているが、今日は土曜なのでスコアアタックの日でもある。さて、どうしたものか? と考えながらダラダラとおでかけを仕込んだり使い魔を整理している間に、目の前の厨房で盛り付けの気配があった。
出撃中に出てくるのも間が悪いのでゴ魔乙は終わり、備え付けの紙コップで水を飲んで待つ。
ほどなく、注文の品が出てくる。
「ああ、温もりを感じる」
大ぶりな丼の上にこんもりとドーム状に盛り上がる野菜の山。頂には、ノーマル量の背脂が調和の取れた色合いで馴染んでいる。麓には、表面が茶褐色の豚の肉塊と、黄色に近いたっぷりの刻みニンニク。しみ出すスープは味噌の褐色。
全体に薄茶色の姿は、温かい。
「いただきます」
まずは、野菜から。
「こってり……」
脂が存外濃い味わいで、食欲が一気にブーストされる。ならば、喰えばいい。
バクバクと野菜を食し、あるていど減ったところでニンニクを沈めてスープへ溶かし込む。そこで徐に豚を囓ると豚! 豚だ。しっかりとタレの味わいを纏ったそれだけでビールが欲しくなりそうな豚だ。旨い。ビールはないがスープがある。追い駆ければ、至福。いいぞ。ここに、段々とニンニクが混ざっていけば、更にパワーアップすること間違いなし。と、麺を忘れてはいけないな。慎重に野菜を沈めて天地を返して麺! 太い! 硬い! だから旨い! ああ、生きている。生きているぞ。寒さに負けず、流行病も退けて、生きているぞ。生の実感がある。野菜も、スープに浸って更なる飛躍を遂げる。いや、飛躍が足りない。一味と胡椒だ。これを、こう、バサッとやって。うん、いいぞ。これは、いい。刺激を加え脂とニンニクを引き立てて豚骨味噌が本気を出してくる。もう、考えるのはやめて、麺を豚を野菜をモリモリ、モリモリ、と喰えば、旨い。
ああ、空腹がいけなかったのか。何かトリップしていたような気がするが、丼の中身は事実を告げる。
「もう、終わり、か」
残るは脂と野菜と麺の残骸が残るだけの、スープのみ。
レンゲで追い駆けて、見苦しくも追いすがり。
旨味をじっくりと味わって、飲み込み。
深呼吸を一つ。
水をコップへ注ぐ。
グイッと、一気に飲み干す。
レモンの酸味が微かに感じられる水で、口内が浄められる。
これで、終わり、だ。
汝、完飲すべからず、だ。
スープだけになった丼と使った食器を付け台に戻し。
「ごちそうさん」
店を後にする。
映画までは時間がある。
「さて、メロンブックスへ行きますかね」
アニメイトビルを、目指す。
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