第321話 大阪市中央区日本橋のラーメン(並ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ魚粉)

「いい、映画だった……」


 ここのところ、大阪メトロに乗っていると目につき気になっている映画があった。だが、このご時世劇場が20時までしかやっておらず、平日にレイトに駆け込むような鑑賞方法が取れずに見損ねていたのだ。


 とはいえ、そういうときは思い切りが大事。


 そういうわけで休日の朝一になんばの劇場に足を運んだ結果、心地よい後味に浸っていたのだった。


 大阪を舞台とした、生まれつき歩くことのできない女とダイビングに魅せられた大学生の出会いから始まる、物語。


 期待していた以上に心に響き、映画に対する飢えはすっかり解消していた。そうだ。私には劇場へ向かえる足がある。ならば、20時に終わるからと諦めず、時間を調整してもっと映画を観るべきなのだ。


 新たな決意とともに劇場を出たのだが。


「腹が、減ったな……」


 心を満たしても、腹が満たされるということはない。


 昼には若干早いが、朝を早めに喰ったので帳尻は合う。店が開き始める時間なので、その流れに乗るとしよう。


「となると……」


 食うところはいくらでもあるが、ここはやはり、心が満たされた分、腹も満たしたいのだ。


「よし、あの店にしよう」


 劇場の入った建物の2階の通路を通り、場外馬券売り場の前から1階へ。そのまま東へ向かい、堺筋に出る手前で左折。


「さすがに、並んでいるか」


 開店10分前の店前には十人足らずの列があった。


「まぁ、これぐらいなら、大丈夫だろう」


 最初のロットは無理でも次のロットには入れそうな位置に並び、開店を待つことになり、おもむろに『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。


 現在は、メインシナリオの新展開。黄金の絆編が開始していた。五乙女との絆を確かめるようで、最初はスフレから。


 一方で鍵を握るのは光の悪魔カルミア。何を考えてるか分らないなりに面白い立ち位置にいそうだ。


 シナリオとステージを交互に進めるシステムなので、話の展開をきっちり追うことができる。確かに、3人メインがいて全員のステージ進めると同じシナリオ3回読むことになるのはちょっとしんどかったのは否めない。このシステムはよい。


 などと考えていると店が開いた。


 細長い店内に入って、食券買いの待ちが発生する。スムーズに購入できるように小銭を用意しておいて、自分の番が来たらおつりなくラーメンの食券を確保。今日は基本で行こう。


 奥から詰めてカウンターの真ん中ぐらいの席に着けば、店員が食券をとりにくる。


「麺の量は?」


「並で」


「ニンニクどうしますか?」


「ニンニクマシマシで。あとヤサイマシマシカラメ魚粉で」


 サクッと詠唱を済ませて後は待つばかり。再びゴ魔乙をプレイする。シナリオを進めステージに挑んだらAP切れ。果実を使うのほどでもないのでゴ魔乙は終了し、裏の世界にピクニックをしている小説の続きを読む。空の魚と鳥。観た映画は虎と魚。


 何かしらの接点のようなものを感じてちょっとした面白さに浸っていると、注文の品がやってきた。


「お、今日のはまた、いい感じだなぁ」


 丼の上に円錐形に盛り上がる野菜の山。頂上にかかる灰褐色の魚粉。麓に乱暴な姿を晒す豚の肉塊にドバッと盛られた刻みニンニク。


 心身共に効きそうな逸品だ。


「いただきます」


 慎重に野菜を箸で摘まんで口へと。


「魚介の香り……」


 魚粉とカラメで味がしっかりあって、このままでもいける。無理にスープに浸そうと事故らないようにする上では、ありがたいことだ。


 雪崩を起こさないように場所を見極めては野菜を山から削り出し、時にならし。


 ある程度野菜のボリュームを減らしてスープへの導線が確保できたところで、豚とニンニクをスープに沈めていく。


 代わりに、麺を引っ張り出す。黄色く太く固い、いつもの麺だ。


 ずるりと口に運べば、しっかりした歯触りに麦の香り。絡みつくスープの旨味。腹にずしりとくる食べ応え。


 モリモリと麺を喰らう。腹の虫の歓喜の声。ニンニクのパンチも加わって、そこを沈めてスープを纏った豚を囓っておいかける。口の中が、幸福な味覚で満たされていく。


 こうなったら、更にフィーバーさせようじゃないか。


 席に備え付けの一味と黒胡椒もぶっかける。


 異なる種類の辛味が、口内で弾けて暴れ回る。そこに麺を野菜を豚をスープを放り込んで、幸せでない訳がない。多幸感とは、こういうときに使うべき言葉であろう。


 いい映画を観て、旨いものを喰らう。


 なんとも優雅な休日の午前だ。


 穏やかなこころで、スープを啜り、気づく。


「あれ?」


 見れば、麺も豚も野菜もほぼ姿を消し、僅かなもやしと麺の切れ端が残るのみ。


 レンゲでそれらを追い駆け、スープを呑み。


 しばし名残を惜しんで。


 最後に、水を一杯飲んで一息吐き。


「ごちそうさん」


 店を後にした。


「心身満たされたところで、腹ごなしがてら物欲も満たすか」


 オタロード方面へと、足を向ける。



 

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