第291話 大阪市浪速区日本橋の汁なし(野菜マシマシニンニクマシマシオニオンフライマシマシ背脂ノーマル)

「ありゃ、ずらしての盆休み、か」


 仕事帰り。


 映画を観る予定を入れつつ麺喰らおうと難波に降り立ち、意気揚々とガッツリ喰うべくオタロード近辺の店の前に来た私は、予定が狂ったことを知った。


 だが、そんなことで慌ててはいけない。


「ふむ……せっかくなので、別の店へ行って見よう」


 この近辺に麺喰らえる店は幾つもある。選取見取深緑だ。


 だが、この、野菜をしっかり食いたい健康志向を忘れてはいけない。


 なら。


「よごれつちまつた悲しみに……」


 なぜか、そんなフレーズが浮かんでしまうがなんぼのもんじゃい!


 オタロードをしばし南下し、途中で左に折れてすぐ。


 目的の店はあった。


「お、すぐ入れそうだな」


 定時ダッシュでやってきたのでまだ早い時間なのもあって、席は空いている。


 ならば、何を喰うか、だが。


「久々に汁なしにいくか」


 ラーメンに詳しい女子高生が、油そば=汁なしはヘルシーと言っていたしな。ここは、より健康的な食事を心がけようではないか。


 食券を確保して、こじんまりした真っ直ぐのカウンターの一番奥の席に着く。


 店員に食券を出せばトッピングの量を聞かれるので、


「野菜マシマシニンニクマシマシオニオンフライマシマシ背脂ノーマルで」


 とサクッと通す。この店の汁なしはオニオンフライをませるのが嬉しい。


 後は待つばかり、となれば『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。現在はイベントの谷間。リーグ戦準決勝もそれなりのスコアを獲得済み。


 なので、のんびりおでかけを仕込むだけで終え、週刊少年サンデーを読む。破天荒なヒロインの将棋マンガを楽しんでいると、注文の品がやってきた。


「健康的なビジュアルだ」


 丼に堆く積み重なった野菜は、オニオンフライとアブラで褐色の雪化粧。山肌には大きく分厚いチャーシューが二枚が寄り添い、麓には刻みニンニクの彩り。


「いただきます」


 オニオンフライ塗れの野菜を食せば、香ばし香りとモヤシの甘み。これだけでもいけるが、これは汁なし。混ぜてこそ本領を発揮する。


 レンゲと箸を操って、零さないように注意しながら、とにかく混ぜる。


 麺を引っ張り出して、ぐりぐりと混ぜる。


 混ぜる。


 ほどよいところで、麺を啜れば。


「ああ、豚……」


 醤油ダレで引き立てられた豚の旨みが口内に広がる。


 ガツンとくるのではなく、グッとくる、というか、なんというか、ちょうどいい塩梅だ。


 ニンニクとオニオンのコラボレーション、背脂はそれらを纏める触媒。それらが野菜と麺に絡まって、なんというか、幸せだ。


 豚も、この手の麺の肉塊と比べるとチャーシューという趣だが、チャーシューと考えるとかなり分厚くしっかり豚を楽しめる。


 幸福で幸腹だ。


 ただ、そうなると色々楽しみたくなる。


 卓上の調味料を一通り楽しもう。


 まずは、一味。


「うんうん、唐辛子風味も合うねぇ」


 続いて、胡椒。


「味が締まるな」


 そして、慎重に、カレー。


「ああ、これは、かけ過ぎると支配されるやつだ」


 でも、旨い。


 そうして、最後に酢。


「はぁ、サッパリサッパリ」


 これは、危険だ。


 豚の脂のこってり感を中和してくれる。


 酸味が、爽やかさを演出してくれる。


 そう、演出に過ぎないとしても、爽やかだからいいんだ。


 そんな風に感じながら。


 最後の最後まで楽しんで。


 残ったタレを少し追い駆けて余韻に浸り。


 最後に、水を一杯飲んで一息入れ。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、まだ時間はあるし、少し腹ごなしして劇場へ向かうか」


 ふらりと、オタロードへ。


 

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