第273話 大阪市中央区日本橋のラーメン並(ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ魚粉アブラ)
「少し、人出が戻ってきたな……」
仕事終わり、所用で日本橋を訪れたところ、以前の閑散とした風景よりは人出があった。緊急事態宣言解除は別に防疫をしなくてよくなる宣言でもなく、個々人で意識的防疫をしつつ社会をリブートしていく助走期間だという認識だが、果て、勘違いしている人はいないものか、少し気になったりはする。
それでも、自分にできる限りのことはしながら、買うべきものを買って帰路についたところで。
「腹が、減ったな……」
オタロードを抜け、駅へと向かう途上。
「あ、夜営業再開したのか」
一件の麺屋の前で足を止める。とても、健康的な麺を出す店だ。ウィルス対策にも抜群の効果がある(※個人の感想です)。
「なら、行くか」
細長い店内へと足を踏み入れる。
入り口通路の先にある食券機で、
「今日は基本で」
ラーメンの食券を確保し、左に折れたところの待合用ベンチへと。
座って数分ですぐに案内され、給水器横の便利な席に着くことができた。
食券を出し。
「麺の量どうしますか?」
「並で」
「ニンニク入れますか?」
「ニンニクマシマシで。あと、ヤサイマシマシカラメ魚粉……アブラで」
と詠唱を済ませる。ついつい、アブラを入れてしまったが、大丈夫だ問題ない。
あとは待つばかりとなれば『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。現在はイベントの谷間でおでかけだけを仕込んで、出撃はせずに終了。
そこからは異世界でステータスを弄くり倒してTRPG的人生を謳歌するような話を読んで待つ。
ほどなく、注文の品がやってきた。
「おお、これはいい」
いつもより丼が大きく野菜の山は低いが広い。山肌にはアブラと魚粉が馴染み、麓には刻みニンニクと豚の肉塊がゴロゴロと。
「いただきます」
まずはスープに浸した野菜を食せば、ガツンと醤油と豚骨と脂のコッテリした味わいが口内を満たす。なんだか、染みる味わいだ。
しばし野菜を食い、ニンニクをスープに溶かし込み、アブラと魚粉塗れのところに手を付ければ。
「これは、とても、とても、体に悪そうな味だ」
つまり、とっても旨い。脂のヌルヌルした食感と野菜のシャッキリした感触と魚粉のジャリジャリ感。食感と旨味のコラボレーション。いや、スープに溶け込んだニンニクの味まで主張してきて、殴り合い?
とにかく、旨い。
部分部分を味わえば、もう、ここからは混沌でいい。
天地を返し、満を持して麺を喰らう。
「脂肪と糖……脳にくる味わいだ」
脂が絡んだ太くて固い麺は、ヌルヌルを讃えて口内に入りガシガシと噛めば免訴の者の味わいが染みだしてくる。濃厚で、美味。
しばらく、脳で直接味わったところで。
「更に、刺激をプラスしよう」
胡椒と一味をダバっと掛けて、混ぜずにそのまま喰らう。
ジャリジャリした触感と胡椒と唐辛子のベクトルの違う辛味が口内に広がる。勢いが付いて、更に口内に幸せな味わいを放り込む。
ここで、スープに浸して味が染みこんだ豚を交えていく。最初は固くパサつき気味だった豚が、しっとりとして、スープに含まれるニンニクやら脂やら唐辛子やら胡椒を纏って、賑やかな味わいになっている。噛み締めると、豚の旨味が染みだして、そこに周辺の味わいが纏わり付いてくるのだ。
また、脳で直接味わっている感覚が襲ってくる。
いいだろう。
野菜も、麺も、豚も、スープも。
全て、脳全体を使って味わってやろうじゃないか。
箸とレンゲを忙しなく動かし、口内を通過する度に脳に刺激が走り、胃の腑が満たされていく。上へ下への大騒ぎの食の体験。
こんなご時世だからこそ、一時味わいたいパラダイス。
ああ、生きている。
そう、実感できる多幸感に満ちた食卓なのだ。自宅では、中々再現が難しいからこそ、ときおりこういうところで心を満たすことは生きる上で必要なのだ。
幸せを噛み締めれば。
必然的に丼の中身は減っていき。
やがて。
「もう、スープだけか」
脂がゴロゴロ浮いているが、もう、麺の僅かな破片がレンゲに引っかかってくる程度。
数口啜って幸せの残滓を味わい。
最後に、水を一杯飲んで一息入れ、気持ちを切り替え。
「ごちそうさん」
店を後にした。
「帰るか」
マスクを装着して万全の体制を整え、駅へと向かう。
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