第271話 大阪市浪速区日本橋のとん黒油そば

「さて、帰るか」


 予約していたブツの確保のため、万全の備えで日本橋へとやってきていた。ついでにいくつか買い物も済ませ、帰路についたのだが。


「腹が、減ったな……」


 このようなご時世。細心の注意を払いつつも麺を喰らうことも必要であろう。


「しかし、マシマシという気分ではないな」


 空腹ではあるが、うっかり喰いすぎるような愚はおかしたくはない。


 ならば、とオタロードから一つ東の筋を北上したところで、


「そういえば、油そばの店があったな」


 と思い立ち、店の前へと。


「いい感じに空いているな」


 座席に隙間を空けて、配慮はある。これなら、大丈夫だろう。


 そうして、何を喰らうかだが。


「お、ごはんが無料か」


 ランチタイムのサービスでごはんが付くなら、麺量は並でいいだろう。


 さて、何を喰うかだが。


「鶏豚もいいが……ここは、とん黒にしてみるか」


 少し変化を付けて、とん黒油そばの並の食券を確保し、店内へと。


 食券を出せば、まずは消毒液が出される。


 手指を消毒し、ついでに座席周りもティッシュに染みこませて拭き取る。


 その上で、


「ごはんとアイスどちらにしますか?」


 と尋ねられる。ごはんをキャンセルすると、アイスになるのか……だが、今は。


「ごはんでお願いします」


 麺を並にしたのだから、これでバランスが取れるというものだ。


 注文を通せば、後は待つばかり、というところで小さなカップに注がれたスープが出される。


 そういえば、そんなシステムだったな。


 一口飲めば、ホッとする生姜風味のスープ。


 口を潤しつつ、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。現在は、カトレアのイベントが開始している。シナリオは進めていこうと思いながらも、あれこれ準備に時間を食ったので出撃は控えておくか。


 スープを飲み干してしばし。


 注文の品がやってきた。


「なるほど、油そばだな」


 黒い丼に、白髪葱とチャーシュー、味玉、メンマの載った太麺が入っている。丼の縁には、大きな海苔が一枚。


 とん黒というほど黒くはないが、全体に纏った脂の中に黒い粒がある。おそらく、マー油だろう。


 そして、紅い茶碗のごはん。


「いただきます」


 油そばは、まぜそばである。しっかりと混ぜる手応えからしてヌルヌルして、やはりまぜそばというよりは油そばかと循環参照が生じてくるが、それはさておき。


 頃合いを見て一口麺を啜れば。


「こってりだが、思ったよりは、ガツンとこない、か」


 マー油のニンニクは控えめで、豚骨醤油のこってりした旨味が強い。ごはんにあう味なので、ごはんもいっておこう。旨い。


 混ざった葱やらメンマを巻き込みながら少し食い進めたところで。


「やはり、色々足していこう」


 サクッと備え付けのニンニクと唐辛子をプラスする。


「うんうん、パンチが効いてきた」


 元々ニンニクの風味があるがブーストが掛かり、更に唐辛子の刺激がプラス。ジャンクな味わいがいいぞ。


 まずはその味を楽しんだところで。


「それなら、これはどうだ?」 


 酢を回し入れる。


「おお、サッパリサッパリ!」


 程度にもよるが、酸味が入ると脂っこさが緩和されて食べやすさが増すな。摂取する脂量は変わらないが。


 そうして、チャーシューも海苔もまぜあわせて、サクッと麺を食い終わる。


 だが、これで終わりではない。


「さぁ、追い飯の時間だ!」


 いきたくなるのを我慢して半分以上残したごはんを、タレの残った丼へ放り込む。


 更に、備え付けのカエシと思しきタレもプラス。


 再び、ガッシガッシとまぜ合わせ。


 喰らえば。


「幸せな味だなぁ」


 こってりで味も濃い。脳にダイレクトに多幸感を呼び起こす味わい。


 糖と脂のコラボレーションだ。幸せを感じないわけはない。


 こういうのは、ガツガツガッツクのが礼儀。


 勢いを持って食い尽くす。


 最後に、水を一杯飲んで一息吐き。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、帰るか」


 食の幸せの残滓を抱え、ディストピア感漂う中を駅へと。

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