第248話 大阪市中央区難波千日前の限定2

「いかん、風邪気味か……」


 どうにも、喉がいがらっぽい。鼻水も出る。

 幸いにして熱はないが、昨日、眼鏡が壊れるという悲劇に見舞われてメンタルも著しく弱っている。


 こういうときは、しっかり喰うべきだろう。


「よし、ガッツリいくぞ」


 医食同源。喰って治す。

 

 仕事帰りの私は、御堂筋線なんば駅で下車し、道具屋筋の一つ東の通りを南下する。


 開店間際の時間と思ったが……


「あれ? 通し営業になったのか?」


 18時前だが営業中だった。映画を観ようと思っていたので、少しでも早めに入れるのはありがたい。


 席も空いていたので店内へ颯爽と入り、食券機へ。


「やはり、限定だなぁ」


 というわけで、限定2の食券を確保し、セルフのコップを確保して空いていたカウンター席へと。


 食券を出して、


「ニンニクどうしますか?」


「入れてください」


 と、マシをいうようなミスは犯さず、後は待つばかり。『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。リリーが絡まないので新春イベントはのんびりペースだが、【雪見湯】ルベリスで倍率が上がったので、少しだけ頑張って出撃したりしていると、時間が経つのは早い。


 注文の品がやってきた。


「うん、温まりそうだ」


 灰褐色のスープにもりもりの野菜。麓にたっぷりのニンニクと野菜に埋もれるように一口大に切られたブロックチャーシュー、そして、赤い味噌玉。野菜に降り積もる、赤い雪が鮮やかだ。


 今の限定、要は、坦々麺だ。


「いただきます」


 箸を手に、太く平ための麺を引っ張り出して啜れば。


「あ~、なんか、生き返る」


 ゴマダレと辛味、そして濃厚な豚骨。こってり坦々麺の味わいは、弱った身体に活力を与えてくれる。そこで、シャキシャキのモヤシとキャベツを頬張れば、野菜の甘みが心地良い。ブロックチャーシューも豚豚しくて魅力的な味わい。


「さて、そろそろ溶かさないとな」


 しばし麺と野菜を楽しんだあと、ニンニクと味噌玉を沈め、混ぜる。


 全体の赤身が増していく。


 改めて、麺を啜れば。


「うおォン、私は人間火力発電所だ!」


 ニンニクの刺激と辛味噌の辛味で、一気に体温が上昇していくのを感じる。


 あたたかい……否、熱い。


 胡麻と豚の味わいも刺激に負けていないので、相乗効果だ。


 これはいいな。


 だが、だ。


 気づいてしまった。


 胡椒と一味に紛れてあった、小ぶりな容器。


 そこに貼られたシールには、


「魚粉…だと…」


 なんということだ。


 これは、いくしかないだろう。


 蓋を開け、バッサバサと振り掛け、食せば。


「おお、おお、そうだ、この味……いける」


 魚の風味と坦々麺。相性抜群じゃないか! これは、どこか魚坦々麺とか出したらいけるんじゃないか? ※既にあります


 ともあれ、今までとは違う新鮮な味わいは、ワクワクする。


 喰っては魚粉を掛けてしまう。


 旨い。


 旨いぞ。


 私が味皇様だったら、口から光をはいてしまいそうな勢いだ。


 心も体も、食の悦びに震えて癒えていく。


 そうだ、こういうのがいいんだ。


 素直な食の悦びは、それだけで癒やしなのだ。


 欲望の赴くまま、魚粉坦々麺を食す。


 麺も豚も野菜もガッツリ喰い。


 気がつけば、スープが残るのみ。


 灰褐色のスープは、すっかり赤身に支配されている。


 レンゲで啜れば、刺激的。


 それでも、ついつい啜ってしまう旨味。


 ああ。


 だけど。


 汝、完飲すべからず。


 神の教えを思い出し、手を止める。


 未練を断ち切るため、水を一杯飲み干す。


 食器を、付け台に、戻す。


「ごちそうさん」


 思い切って、店を出る。


 すっかり温まった身体を抱え、


「さて、劇場を目指すか」


 長年続いたアニメシリーズの最新作、初の3Dアニメ作品を観るべく、千日前方面へと。

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