第211話 大阪市東成区東小橋のつけ麺(ヤサイマシマシ、ニンニクマシマシ、麺大300g)
「疲れたな……」
夏も近づいているというのに、不毛に忙しい日々が続いている。
だが、それでもなんとかやるべきをこなして段々と収束へ向かっていると信じつつ、家路についていたのだが。
「腹が、減ったな……」
どうにも、空腹が辛い。家に帰って何か作る気力もない。
なら。
「どこかで喰って帰るか」
かくして、私は夕暮れの鶴橋駅に降り立っていた。
焼肉の街であり、地下鉄の駅から出れば焼肉だけでなく様々な食い物の匂いが漂ってくる。高架下にはこじんまりした居酒屋が軒を連ねて昔ながらの様相を残しているのだ。
そこらで一杯ひっかけるのも悪くはないが、今は飲むより喰いたい。
なので、高架下を離れて千日前通り沿いへと出る。
「ここだと、やっぱり麺だよなぁ」
鶴橋は、何気にラーメン屋が沢山ある。煮干しニンニク辛みそなどなど。
どれも魅力的だが、どうにもガッツリいかねばならない気分になっていた。
そこで私は、千日前通りを今里方面へと向かう。
そうして少し進めば、目的の店はあった。
「お、限定やってるのか……でも、冷でヤサイとかなしか……」
ならば、いい。
さっと細長いまっすぐのカウンターだけの店内に入り、すぐの食券機で『つけ麺』の食券を確保する。今は、そういう気分なのだ。
奥の席にすっと入り、食券を出す。
つけ麺の場合はヤサイと麺の量を選べるが、ラーメン同様にニンニクアブラも欲しければ入れてくれるようだ。
なら。
「ヤサイマシマシニンニクマシマシ、麺は大で」
と注文を済ませる。
後は待つばかりとなれば『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の時間だ。今は、五乙女の応援イベント開催中。セーラー姿の五乙女のターンなので、リリーの出番がないのが哀しい。
なんとなくラナンを推してみたりしつつ、出撃する気力もない。おでかけを仕込んだところで、未だ読み終わっていなかった週刊少年サンデーを読むことにする。
ああ、百はな、ええ子や。
などとほっこりしているところで、注文の品がやってきた。
「これはこれは……」
茶色の見るからに濃いつけ汁。大きな丼に太くしっかりした麺が盛られ、その上に普通にトンテキとして出てきても大きいと感じるぐらいの焼き豚。そう、これだ、今喰いたかった肉は。
そして、別の丼には山盛りの野菜とニンニク。
いいぞ。これだ、と思える理想の夕食だ。
「いただきます」
さっそく麺をつけ汁へくぐらせて食す。
「おお、見た目通り濃いな」
どろっとした汁は麺にしっかり絡み魚介の味をガツンと伝えてくる。
それを受けた太くて固い麺もそれ自体に甘み旨みがあり、最高のバランスだ。
一口で、体が癒されていくのを感じる。
「ヤサイも行ってみるか」
勿論、最高だった。
だが。
「これ、ヤサイを付けると薄まるな……」
せっかくの濃厚スープが水分で弱くなるのは寂しいものがある。
と。
「ヤサイにかける?」
卓上調味料にそういう触れ込みのものがあった。
茶色い液体。
「よし、かけてみよう」
ざっと回しがけて食せば。
「ん? ゴマドレッシング?」
というか、さらっとしたゴマ油か、これ?
更に、
「すりごまもあるなら」
ばっさばっさと振りかけ。
「なるほど……この野菜を頬張りながら」
麺をスープに浸し、追いかけると。
「付け合わせで食べると、いい感じか」
手探りで食の楽しみを見出していくのも乙なものだ。
野菜を頬張り麺を濃厚汁でいただく。
いいな。
だがしかし、
「ヤサイ、もう一声何か欲しいな」
卓上を見れば、ラーメンのたれがあった。
「よし、行ってしまえ」
回しがければ、醤油辛さが加わる。
ゴマと醤油。すっかりこちらも濃厚になってきた。
ヤサイと麺と魚介の汁。
それぞれの個性を楽しんでいると。
「あ、汁がヤバい……」
どうにも麺に絡み過ぎて減りが早かったのだ。
豚がまだ残っているが、
「ええい、言ってしまえ」
大ぶりの豚に絡め、食す。
贅沢な魚介豚味。しっかりした豚の存在感と支える濃厚魚介はいい。
だが。
「一層やばくなったな」
汁が、汁がヤバい。
そこで。
「ヤサイにもう一声、言ってみるか」
少々ヘビーになっていたところに、酢を回し入れてさっぱりさせる。
そして、器の底には野菜とニンニクの味わいも含んだ汁が溜まっている。
「これだ」
色んな味が混ざった汁をつけ汁に入れてスープ割的にして。
残っていた麺を入れて啜れば。
「うんうん、これはこれでいいぞ」
酸味でさっぱりしたようでニンニクのパンチもあって魚介の風味も残る。
ジャンクで旨いスープは、残った麺を消費するに十分だった。もちろん、野菜も。
すべてを空けて、しばし余韻に浸る。
なんだかんだで大ボリュームだったのだ。
ふぅ、と深く息を吐き。
水を一杯飲んで気持ちを切り替え。
「ごちそうさん」
店を後にした。
「さて、歩く、か」
腹ごなしに隣の駅まで歩くべく、東へと。
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