第210話 大阪市西区西本町の辛味つけ麺(ニンニク増し増し野菜増し増しカツオバカ増しカラメ増し増し)

「どうにか、なったか?」


 ここしばらくはシステム開発屋としての本領を発揮して炎上プロジェクトの火消しに奔走していたのだが、ようやくゴールが見えてきた。


 修羅場モードが発動して脳は活性化していて、色々と捗る流れにはなっているはずなのだが、いかんせん。


「腹が、減ったな……」


 頭を使うと栄養を消費するのである。


 今日はここしばらくの中では早めに出れた。


 テクテクと歩いて、ガッツリ喰える店へ向かうことにしよう。


 蒸し暑い夜の空気の中、四つ橋筋を渡り、靱公園に入れば蝉の鳴き声に出迎えられる。


「夏が近いな……」


 公の修羅場モードが終わったが、返れば私の修羅場モードが待っているのを思い出させる、夏の予感。


 だが、今はそれよりも空腹を満たすことが大事なのだ。


 遊歩道を西へ歩き、途中で南へ折れて公園を出る。


 そのまま南下して道路を渡り、更に西へ。


 なにわ筋まで出て南下し、少し東へ戻れば、目的の店があった。


「あれ? 白かったっけ?」


 久々に来ると看板が白くなっていた。でもまぁ、些末な問題か。


 コの字の凸部を表に向けたカウンター席が厨房を囲む形の店内はそこそこの入りだが席はある。


 ならば、行こうではないか。


 ドアを潜って右手の券売機へと向かうが。


「う~ん、ここは何を喰うべきか?」


 久々なので基本のラーメンにいきたいが、今は熱いラーメンは少々しんどい。


 なら。


「つけ麺……いや、辛味つけ麺だな」


 という訳で、食券を確保して空いていた席へ。


「ニンニク入れますか?」


「ニンニク増し増しで。あと、野菜増し増しカラメ増し増し、カツオはバカ増し」


 といつも通りの注文を済ませ、


「麺は冷盛りで」


 夏に合わせた要望を追加すれば、後は待つばかり。


 徐に『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。


 現在はせっかくの『サクラ大戦』コラボなのに李紅蘭がいないという致命的バグに歯がみしながらも、真宮寺さくらを出撃させてみたりする。でも、メインはラナンのオーラバスター。炙り楽しい。


 とはいえ、 death を四倍でやればあっという間に AP が尽きる。


 後はまだ読み終わらぬ週刊少年チャンピオンを読んで過ごす。五十周年ということだが、三分の一ぐらいは読んでいるだろうか? クライマックスが近い『魔法少女サイト』の行く末が気になるところだなぁ。


 とか思いながら、百合なのかなんなのかな感じのロボット漫画を読んでいると、注文の品がやってきた。


「こうやって野菜が来ると食べやすくて良いねぇ」


 丼に盛られた野菜の山の頂上には鰹。辛味だけあって赤い汁の中にはブロック状のチャーシューにメンマ、そして海苔。


 麺の丼は麺が見えないぐらいの鰹。バカ増した甲斐がある。そして、その上に添えられたレンゲの中には山盛りのニンニク。


「いただきます」


 まずは野菜を汁に浸して頂く。


「結構辛いのが、またいいな」


 辛味に恥じない味わいで食す野菜は絶品だ。茹でたてのもやしのほのかな甘みが引き立つというものだ。これだけでモリモリ喰える。


 だが、主役はやはり麺。


 鰹に塗れたそれをスープに浸けて食せば。


「おお、麺の甘み……」


 冷盛りで締まった太い麺はしっかりと噛まねばならないが、噛めばそこからしみ出す麺自体の甘み。そこに絡む辛味と旨味の汁に、鰹の風味。


 これもまた、旨し。


 よくあるつけ麺とは一線を画したこの味わい、やはりいい。


「さぁ、スイッチが入ったぞ」


 腹の虫がいきおづけた食欲に身を任せ、麺と野菜を、交互にモリモリいく……前に。


「ニンニク、投入だ」


 麺の器に添えられたレンゲからニンニクを一気に汁へとダイブさせて混ぜる。赤い中に白い破片が浮かぶのがおかし。


 そこへ麺をぶっこみ食せば、当然のごときジャンク増し増しな味わいが口内を楽しませてくれる。


「ふぅ、いいねぇ、いいねぇ」


 この味わい、疲れが癒やされる。どんどん喰おう。


 麺と野菜、スープの中のメンマが食感を少し変えるボーナスステージで、一枚限りの海苔の風味はレア。


 全てをつけ汁の中に凝縮し、その旨味を麺と野菜で掬い上げては楽しむ。


 至福。


 仕事の後の増し増し、辞められない。


 しかし、勢いが付けばそれだけ終わりも近づいてくる。


「ああ、最後、か」


 野菜の丼の中に残った出汁を、汁に投入。


 そこへ、カラメのカエシが底に溜まった最後の麺も投入。


 凝縮された世界に全てを委ねる。


 そうして、野菜と麺を食べ尽くせば。


 全てが詰まった汁が残る。


 これで終わり?


 そんな訳はない。


「スープ割り、お願いします」


 つけ麺と言えば、〆はコレだろう。


 ほどなく、ネギを少々加えて温かい出汁で割ったスープ割りがやってくる。


「ふぅ、ホッとするねぇ」


 凝縮された味わいが出汁でのばされて幾分かの優しさを纏っている。


 レンゲで掬って啜ると、益々癒やされる。


 なんだか、今日は全ていってしまいそうだが。


~汝、完飲すべからず~


 突如浮かんだ戒めに我に返る。


 流石に、全部はキツイだろう。


 代わりに水を一杯飲んで気持ちを切り替え。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「……ヤバかったな」


 すっかり重くなった胃の腑に、完飲しなくてよかったと思う。


 だが、それでは足りない。


「少し、歩くか」


 せっかくなので普段いかない方面へ行くのもいいだろう。


 進路を東、堺筋本町へと向ける。


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