第209話 大阪市浪速区日本橋の肉そば(冷)大
「夏が近い、な」
七月も後半に入った。少々仕事が忙しくなりつつも、この時期はなんだか気分が湧きたってくる。
大いなる焦燥に駆られるがどうしようもないとあきらめるには時期尚早とも言える時期。
「あ、カタログもう発売してるか」
ふと、まだカタログを確保していなかったことに気づいてしまった。
作業に追われつつも、気になって仕方ない。平日はいつ買いにいけるかもわからない。
ならば。
「新幹線のチケットも取ってないし、昼めしがてら出かけるか」
かくして私は、夏に向けての作業を一時中断し、難波へと向かった。
「やっぱりここが静かでいいな」
千日前線なんば駅から四つ橋線の乗り場付近まで行って改札を出、西へ向かえば OCAT、大阪シティエアターミナルがある。テナントが隙間だらけで公的機関が紛れ込んでいる中々趣のある建物で、なんばにありながら静かに過ごすには適した場所である。
その手前に、ひっそりとJRなんば駅はあった。この辺りは西のはずれになっていて人が少ないので、みどりの券売機も空いている。今日も、並ばずに新幹線のチケットを確保して目的を一つ果たした。
「さて、メロンブックスへ向かうか」
と言っても、ここからは中々に遠い。
JRなんば駅の改札横を南下し、産経新聞大阪本社ビルの横の階段から地上へ出れば、
「ここもなんばなんだよなぁ」
緑あふれる住宅地に出る。間違いなく初見殺しの出口だ。
ここから、南へ進み、大きな道路で左折。
しばらく歩けば、エディオンアリーナ大阪付近でようやく難波の繁華街が見えてくる。
そのまま高速をくぐり、なんばシティを過ぎ、裏道を進んでわんだーらんどを通り過ぎればいつものオタロード。ここまで、いい運動になる程度の距離である。
そうして、メロンブックスでコミケカタログROM版と新刊ラノベ少々を確保したところで、
「腹が、減ったな……」
朝から作業に勤しんでいたので、すでに時間は14時を回っている。
「さて、どこで喰うか、だが」
ガッツリいくのもいいが、今の腹具合はそこまで重いものを求めてはいない。
こう、比較的さっぱりしつつボリュームがあるもの、がいい。
「よし、久々にあそこにいくか」
メロンブックスを出て更に南下。信号のある大きめの道路を左折すれば、今日も行列のボリューム満点かつ丼で有名な喫茶店がある。だが、今はそこではない。
そのまま堺筋を越えて一つ裏の道に出てすぐに、目的の店はあった。
「おお、ギリギリだ」
昼の営業は15時まで、ラストオーダーは14時30分となっているが、今、14時29分。滑り込めば、まだ大丈夫なようなので入って左手の食券機へ。
「夏だし、冷でいいな」
量は欲しいので、麺量350gの大を選び、厨房をL時に囲む形の店内のLの一番上の点に当たる席に着く。
食券を出して、備え付けのグラスで水を一杯。
「ありがてぇ……キンキンに冷えてやがる」
外の暑さによる疲れが癒やされる。
そこで、徐に『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。現在、「サクラ大戦」とコラボイベント中なのだが、
「紅蘭がいないとか、致命的なバグと言わざるをえんな」
という訳で、少々モチベーションが悪いが、それでも細々とは進めている。とはいえ、出撃すると半端な時間になりそうなので、さくらの衣装を着たラナンのおでかけを仕込んだりするだけに留める。
後は、読みかけのミステリの続きを読んだりしていると、注文の品がやってきた。
「中々いいビジュアルだ」
麺汁はシンプルな見た目だが、麺の方が麺が見えないぐらいに肉が載り、その上には薬味のネギとごまと刻み海苔がたっぷりと。
腹の虫がぐぅと鳴く、旨そうな見た目だ。
「いただきます」
極太の蕎麦を引っ張り出して肉と共に汁につけ、食せば。
「ああ、いい味だ」
甘辛い汁にラー油のピリッとした辛味が加わり、なんとも言えない独特な味わいだ。更に、ここまで極太でバキバキの食感の蕎麦もそうそう味わえるものではない。
個性的な味わいを素直に楽しんで幸せになれる麺である。
「さて、天かすを足すか」
有り難いことに天かす入れ放題なのだ。蕎麦に天かすは、本当、手軽にこってりがプラスされてよい。このラー油入りの汁では、更に引き立つ。
「うんうん、これはいいぞ」
ネギと海苔とごまの風味を帯びた蕎麦と肉をモリモリと食せる。
だが、まだだ。
「これもいかないとな」
卓上の小さな容器から、フライドガーリックを投入。
「香ばしさプラス……いいぞいいぞ」
ジャンク感が出て、とても食欲が刺激される。
この汁に潜らせた豚肉は格別だ。
が、まだだ。
「コレステロールが気になるが……」
思いつつも、天かす以外の入れ放題、生卵に手を伸ばす。
「たまには、いいだろう」
卵だけに。
卵と一緒においてある専用のボールの縁にぶつけて割り、殻の間を行き来させて白身を分離し、
「えいや!」
汁に投入する。
かき混ぜて豚と麺を潜らせて食せば。
「すき焼き感!」
甘辛いタレに卵のコクに肉が絡んだ味わい、それを想起させたのだ。
その味で、極太ガチガチの蕎麦を食むのもまた趣深い。こんな太い蕎麦はそうそうないからな。
薬味を一通り試し、食べ応えのある麺を食し続けることしばし。
ついに、蕎麦の器が空になった。
それでも、終わりじゃない。
「そば湯、というものがあるからな」
席に置かれたポットを注意書きに従って振り、つけ汁に注ぎ込む。
ついでに、天かす少々を加え、器を持って口へと運ぶと。
「ほっこりするねぇ」
生姜の利いた風味と温かみが、心身に染みる。
これまでの味の総決算を、ゆっくりと飲み干せば、全てが終わる。
余韻に浸った後。
水を一杯飲んで口内の複雑な味わいをリセットして後顧の憂いを断つ。
「ごちそうさん」
店を後にしようとすれば、店員がドアを開けて見送ってくれる。
「お幸せに!」
独特の送り文句だが、こういう対応は心地良い。
お腹もくちくなり、一息吐いたところで、
「あ、電源タップも欲しかったな」
丁度目の前に千石電商がある。ふらりと、久々のパーツショップへ足を運ぶ。
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