第206話 東大阪市長堂のチャーシューメン定食(醤油 野菜大盛り)

「中々興味深い映画だったな……」


 ここのところやるべきことがあって映画を観る暇がなかったが、ようやくそれも昨日で終わり、週末を迎えた今日は布施まで出て朝一で『海獣の子供』を鑑賞したのである。


 ハンドボール部に所属する女子中学生琉花ルカ。彼女は夏休みが始まって早々の部活でのトラブルで、部活に参加できなくなってしまう。


 そんな彼女が父の仕事先の水族館で海という少年と出会う。ジュゴンに育てられた彼と兄の空には不思議な力があり、二人を通して琉花は特別な夏休みを過ごすことになる……


 海の生物をモチーフにした演出や、空と海の合一。琉花が出会う神秘的な事象。


 宇宙と星と生命というものについての示唆に富んだ御華詩だった。


 しかし、朝から情報量の多い映画を観れば、当然、


「腹が、減った……」


 こうなる。少し早いが昼食にしよう。


 かくして私は、布施の店を脳内で物色。


「そうだな、久々にあの店に行ってみるか」


 高架沿いにある劇場から少し東へ進み、駅前のロータリーで左折。すると、黄色いテントの目立つ目的の店が見える。


「おお、開店直後なのに入ってるな」


 昼時には少し早い時間だが、そこそこ客は入っていた。それでも、満員ではない。


 ふらっと入り、空いていたカウンター席へ。


 メニューを見て注文を考える。


 半チャンには惹かれるが、今はチャーハンまではいいか。それなら、麺を豪勢に……ならば。


「チャーシューメン定食。野菜大盛り、醤油で」


 そう、こういうときはチャーシューメンだ。


「メンマとキムチどちらにしますか?」


 定食には付け合わせが付く。今の心情では、


「キムチを」


 と注文を終える。


 後は待つばかりとなれば、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』だ。現在、物語修復家ロウエル再びなので少々頑張らねばならない。


 とはいえ、時間が読めない。おでかけを仕込み、イベントステージへ一回出撃したところで、注文の品はやってきた。


 小皿のキムチ、ごはん、そして、一面のチャーシューが見えないほど山盛りになったネギともやし。野菜大盛りの結果である。麺は全く見えない。


「いただきます」


 まずは、野菜を押し込むようにしてスープに浸して食べる。


 豚骨醤油ながら、清湯でそこまで重くない昔ながらの味わいを纏ったもやしが、なんだかほっこりする。


 その野菜と共にチャーシューを食うのもまた一興。特に味付けのない素朴なチャーシューに豚骨醤油のスープ、薬味的に活きるネギともやし。


 ガッツリとはいかないじわりじわりとくる豚の旨み。いい。


「ここで、米だ」


 素晴らしい。ご飯とラーメンはとても合うのだ。


 いや、待て。


「麺を喰わないとな」


 なぜ麺より先に米に合わせた? いや、それもまた一興か。


 ともあれ、スープの中から中細ストレート麺を引っ張り出して啜る。


「う~ん、そうそう、こういうのがいいんだ」


 こってりし過ぎない豚骨醤油の昔ながらの味わいが、口内に広がる。なんというか、日常の味わいなのだ。


 映画を観て、安心する味のラーメンを喰って。


 これだけで約束された勝利の休日エクスカリバー。まだ今日は半分以上残っているのに、こんなに幸せでいいのだろうか? いいのだ。


 わざわざ不幸だと思うよりも、小さな喜びに幸福を感じられる方が、人生を豊に出来るというもの。映画とラーメンでこんなに幸せになれる。こんなにお得な人生はない。


 命の在り方をとうような映画を見たせいか、大袈裟に考えてしまうが幸せなのは事実だ。


 ここで、麺を離れてキムチで食うご飯もまた、いい。辛味の少ない旨味だけのキムチは日本人向けの味だなぁ。


 チャーシューメンにしたおけがで潤沢な豚を味わい、胡椒を振って刺激を加えたり、ヤンニンジャンを加えたりして、味変も存分に楽しんでいれば。


「あ、空……」


 スープさえ飲み干していた。

 

 いいだろう。難しいことは考えず、馴染みの味を素朴に楽しむ。


 素晴らしいことじゃないか。


 最後に水を一杯飲んで一息吐いて。


「ごちそうさん」


 勘定を済ませて店を出る。


「さて、駅の方で少し買い物をして帰るか」


 近鉄布施駅のショッピングモール、ロンモール布施へ足を向ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る