第196話 大阪市浪速区日本橋の豚骨醤油(野菜マシマシニンニクマシマシ)

「本気にならないとなぁ……」


 金曜日の仕事帰り、ユーフォニアムの映画が心に響いたりしていたのである。


 去年、特定の二人を軸にした映画が公開されたので映像化されないと思って痛だけに、これは観ねば、と思わず上映初日に赴いてしまったのだ。新入生と先輩に挟まれた中間の学年での出来事。


 曲者揃いの後輩の中でも、黒いユーフォニアム吹きがキャラ的にはとてもいい。あと、あすか先輩の眼鏡はキチンとさふぁ……緑に引き継がれているのも嬉しい。


 とはいえ、最後の最後に響いたのは、久美子が本気になった理由。


 そうだったなぁ、と色々と思い出すことができて、今年入って低空飛行気味なメンタルにようやく上昇気流を吹き込ませられるかもしれない。いや、何かの間違いでシャークネードになってしまうかもしれないが。


 閑話休題。


 仕事帰りに映画を観たということは、そこそこ遅い時間になっている。


 そうなれば、当然。


「腹が、減ったな……」


 騒ぎ立てる腹の虫を鎮めるため、何かを喰って帰ることにした。


 難波パークスの南側から出て、エスカレーターを下り、南海の線路を東へ抜ける。そうして少し歩けば、勝手知ったるオタロードへと辿り着く。


「さて、何を喰うか、だが」


 角のまぜそばも気になるが、今はそういう気分ではない。


 オタロードを北上しつつ、


「ガッツリ食いたいし……」


 途中で右に折れ、


「ここにするか」


 小さなカウンターのみの店へと。


 二人並んでいるが、中を覗くと食べ終わりそうな雰囲気。


 これならそれほど待つこともあるまい。


 ということで、食券を買うことにする。


「ここは、オーソドックスにいくか」


 基本の豚骨醤油の食券を確保し、列に入れば、その時点で前の二人は店内へ。


 それから大して待つこともなく、あれよあれよで私も店内へと。


 食券を出せば、


「麺を 50g 増量できますがどうしますか?」


「増量で」


 迷わず増量を受け入れ、トッピングについては、


「野菜マシマシニンニクマシマシ」


 と、詠唱を済ませて後は待つばかり。


 おもむろに『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して、イベントステージへと赴く。今回は、警察か。しかし、リリーの制服姿はないのか? いや、いずれ出てくるだろう。


 そんなことを考えながら、イベントステージを少々回していると、注文の品がやってきた。


「中々の威容だ」


 山盛りの野菜の頂点には脂。麓にはチャーシューと刻みニンニクが埋もれている。麺は全く見えないのは異様でもある。


 そんなことより早く食べたいよう、と腹の虫が訴える。


「いようし、食べるとするか」

 

 箸を手に、山盛りの野菜を慎重に掴み口へと。


「おお、これだけで旨い」


 適度な脂と、どうやら、出汁塩が掛かっているようでしっかりと味があるのだ。スープにわざわざ浸さなくてもバクバクといけるのは有り難い。


 空腹に鳴く腹の虫のお眼鏡にも叶ったようで、更に寄越せと煩いぐらいだ。


 勢いよく野菜を食し、気がつけばスープが見えてきた。


「さて、まずはニンニクを混ぜて」


 スープに沈めていくようにしてニンニクを馴染ませる。


 続いてチャーシューをそっと沈め。


 レンゲを手に取って野菜を押さえつつ、


「ようやく、対面だな」


 面倒な手順を踏んだが、この麺、どうだ。太くしっかりした見た目。


 食べ応えも抜群。しっかりと豚骨醤油を纏ってガツンとくる。炭水化物は癒やしだ。ガツンと癒やされる。ガッツリ癒やされる。


 更に肉を囓れば、こちらもしっかりタレの味がする。そこに、スープのニンニクのパンチも加わって得も言われぬ多幸感が心に湧き上がる。


 炭水化物も加われば、完璧だ。スープに塗れた野菜も趣を異にした味わいで胃に落ちていく。


 そのままでも十分に楽しめるが、ここは一歩踏み出すべきだろう。


 この手の店では珍しい白胡椒をぶっかければ、新鮮な味わいに。


 一味を振れば唐辛子の風味が加わって心地良い刺激。


 楽しみは尽きない。


 が。


「ちょっと薄くなってきたな……」


 野菜を沈めると、どうしても水分で薄くなってしまうのである。


 カラメもできるが、それをしなくとも卓上には、


「カエシがあるじゃないか!」


 という訳で、思い切ってダバッと掛けて混ぜれば。


「生き返った……」


 醤油の風味が出汁の旨味も引き出して、しっかりとした味を取り戻す。


 いい感じだ。


 麺を啜り肉を囓り野菜を貪る。


 腹の虫は、既に鳴き止んで、恍惚としている。

 

 私も、恍惚としてくる。


 ああ、食べるって、幸せだなぁ……


 だが、幸せには残酷な終わりが付きものだ。


「もう、ない……か」


 野菜の残骸や脂の残滓が残るだけのスープ。


 それが、丼の中身の全てだった。


 レンゲで数度追い駆けて名残を惜しみ、ときおり塊のニンニクを囓って口内に強烈な刺激が走ったりするのを楽しんだあと。


 水を一杯飲んで一息を入れて。


 食器を付け台に戻し。


「ごちそうさん」


 店を後にした。


「ふぅ、喰った……」


 満腹の腹を抱え、一路、駅を目指す。

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