第193話 大阪市西区江戸堀の辛味つけ麺(大+麺増量=約 400g )+生ビール

 なんだか、無性に食いたくなる。

 そういうものは、意外に沢山あるもので。


「あの店のつけ麺が喰いたい」


 仕事中、唐突にそんな衝動に駆られたのだ。


 ならば、喰えばいい。人は自由なのだ。


 かくして私は仕事帰りに肥後橋まで足を伸ばしていた。


 日本一短いと自称する肥後橋商店街のアーケードがなくなって久しいが、そこに目的の店はあった。


「ん? しばらくこないうちにちょっと変わったか?」


 最近は色んな店がちょいのみを売りにしているが、ここにもその並は来ているようだ。


 夜は、麺だけでなくつまみも色々あった。そこそこお酒は置いていたので、これはこれで当然の流れだろう。


 その結果、食券機は閉まっており、中で注文するスタイルのようだ。


 さっさときたお陰か、店内は空いている。入ってすぐのカウンターに着けば、色々とメニューがあった。


「お、生ビール 280 か」


 20:00 まではアルコール全品 100 円引きらしい。これなら、麺と合わせてせんべろとしゃれ込めるのではなかろうか?


 肝心の麺は、大好きだったメニューは消えて長く経過しているので諦めて辛味つけ麺にしよう。辛味大事。


 注文をしようとしたところで、


「あれ?」


 以前は、並・中・大だった麺量が、並と中だけになっていた。


 店員に確認すると、大で 300g ということだ。これは、以前の中の量。となれば。


「辛味つけ麺大と麺増量」


 しかないだろう。これで、以前の大ぐらいの量だ。何、 50 円追加ぐらい安いものだ。


 それと、


「生ビールを。麺と同じタイミングで」


 アルコールも忘れない。


 後は待つばかり。ここは『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動するが、今はイベントの谷間。おでかけを仕込むに留める。


 代わりに週刊少年チャンピオンを読んで過ごしていると、注文の品がやってきた。


 一枚海苔がのっただけの大盛の麺、赤みを帯びたつけ汁、そして、少し凍った生ビール。


「ありがてぇ、キンキンに冷えてやがる」


 まずは喉を潤し、


「いただきます」


 麺へと挑む。


 軽くつけ汁を潜らせれば、ピリッとした辛味と魚介と豚骨系の旨味甘み。少し独特な味わいが、ときおり無性に食いたくなるのだ。


 それに。


「麺だけでもいいなぁ」


 太く固めの黄色い麺は、それ自体に旨味があり、噛めばほのかな甘みが口内に広がる。これを、甘めのつけ汁につけるので、少々好みは分かれるかもしれないが、私は好きだ。


 あとは、


「おつまみ、嬉しいなぁ」


 生ビールにはそこそこの量の一口サイズに切ったサイコロ状のチャーシューが付いていたのだ。こってり甘く、つけ麺にも合う。


 というか、何から何まで甘いな。だが、それがいい。


 ついでに、つけ汁には大ぶりの薄切りチャーシューが入っているのだが、それも同じもののようだ。善き哉。


 モリモリと麺を喰い、ビールをがぶりと呑む。癒やされる一時。


「ふぅ」


 思わず、息が漏れる。今年に入って早々から、人生初の打撃を受けたりと色々あった。四月からは更に色々と変わってしまう。


 だが、こうして酒呑んで麺喰らうことに幸福を感じられる。


 ならば、まだ生きていけそうだ。


 再び、麺を喰らう。


 大量の麺も半分ほどが胃の腑に消えた。


 そろそろ、頃合いか。


「たまねぎお願いします」


 最近、どこにも表示がない気がするが、この店では刻み生玉葱を付け合わせとして無料で提供しているのである。


 以前から変わらぬ小さな壺に入ったたまねぎを、麺の上にダバッと入れて絡める。


 そうして、つけ汁に浸せば。


「ああ、この味……」


 甘み甘みで来たところに、きざみ生たまねぎの辛味えぐみのなんと合うことか。絶妙な薬味だ。


 新たな顔を見せるつけ麺を、更にモリモリ喰う。


 心と体に活力が注ぎ込まれる。


 ああ、生きている。


 生きていられる。


 そこで、ゴクリとビールをいけば、


「あ、空か……」


 さすがにお代わりはやめておこう。


 麺も残り少ない。


 ここぞと、取っておいた海苔を麺に巻いて食す。磯の香りが、魚介とシナジーを発揮してオッティモ……と、ちょっと酔ったか。そうだよな、シナジーは英語でオッティモはイタリア語だもんな。まぜるな危険。


 などと、よしなしごとを考えている間に、遂に麺もなくなってしまった。


「まだだ」


 そこで、つけ汁にバッサバッサとたまねぎを加え、付け台の上に置かれたポットを手に取って中身を注ぐ。


 スープ割りだ。


「ふぅ、ほっこり」


 鶏ベースと思われる優しい味わいのスープが全体をまろやかにする。そこにピリリとしたたまねぎの味わいが嬉しい。


 レンゲでずるずると啜り。

 

 最後は器を持ち上げて飲み干す。


「……」


 呆と余韻に浸り。


 水を一杯飲んで一息吐き。


「ごちそうさん」


 会計を済ませて店を後にした。


「旨かった」


 業態は変われど、基本的な味は変わらない。


 求めた味を堪能して、後は帰るだけ。


 重くなった腹を抱え、肥後橋の駅を目指す。




 




 

 

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