第190話 大阪市浪速区日本橋の SUKIYAKI ジャンキー

「なんだか、今日はしっかり喰いたい気分だ」


 金曜の仕事明け。

 土日は色々と予定もある。


 ここは、旨いものを喰って鋭気を養いたいものだ。


「そういえば、限定の豪華なのがあったな……」


 かくして、私は御堂筋線難波駅に降り立ち、オタロードへと向かう。


 日本橋側から南へ進み、イエローサブマリンがある角を超え、ゲーマーズの手前。


 そこに、目的の店はあった。


 1日限定5食ということだが、


「おお、売り切れてないな」


 食券機の限定麺のボタンは、消灯していた。


 ならば、いくしかあるまい。


 千円と少々高めだが、内容を考えれば十分だろう。


 札を入れてお釣りなく、食券を取り出す。


「並と大盛どうしますか?」


 凸型の小さな店の奥のカウンターにつけば、すぐに店員がやってきた。


 そんなの、


「大盛で」


 勿論、これしかないだろう。


 さて、後は待つばかりとなれば『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の時間だ。現在は、ルチカが悪魔になる前の御華詩。なんというか、かなり胸糞悪い話だけれど、だからこそ、悪魔になるわけで。


 ここしばらく、心身共に不調で縮小運転中だったが、ボチボチ復帰していきたいなぁ、とか思っておでかけを仕込んで出撃を一度こなしたところで、注文の品がやってきた。


「上品だな」


 色づきつつも赤みも残ったミディアムの肉は、なんと、A5ランクの牛肉だ。


 丼の表面を覆うサイズのそれが二枚。それに、SUKIYAKI ということで、刻んだ白ネギに、青ネギ。細切り唐辛子、そして、温泉玉子。


 ぱっとみは、上等な焼き肉が目出つ。


 だが、これはまぜそばなのだからして。


「まぜよう」


 箸で麺を引っ張り出してタレを絡めれば、褐色の見るからにすき焼きな色合いになっていく。温泉玉子が溶けていくのも、すき焼き風。


 一頻り混ぜたところで、麺を啜れば。


「ああ、すき焼き」


 甘辛い、タレの味わいが素晴らしい。


 そうして、そのタレをしっかり纏った肉を囓れば。


「なんと……」


 正直、牛の臭みは苦手だったりするのだが、全く臭みなどない。赤みが残っているにもかかわらず、肉そのものの旨味がぎゅっと集まっている。牛だけに。


 それをタレが引き立てて、とにかく旨い。


 侮っていた。これが、A5ランクか。


 ちょっと、すごいぞ、これ。


 肉に圧倒されつつ、麺を頬張る。すき焼きでごはんを喰う感覚だ。


 しかも、白と青のネギも薬味としていい仕事をしている。


 ずるずると麺を啜り、ネギの味わいにときおり唐辛子の刺激も加え、肉を大切に囓り。


 至福の時を過ごす。


 大盛でも、あっという間に麺は減っていく。


 贅沢な一杯だ。


 ゆっくり味わうのではなく、じっくり味わった上でガツガツいくのだ。


 肉を最後の一口まで堪能し。


 麺を喰いきれば。


 タレのみが残った丼が目の前に。


 だが、まだだ。


 まだ終われない。


「追い飯お願いします」


 まぜそばには、これがある。


「チーズとキムチが選べますが、どっちにしますか?」


 なんと。


 米だけでなくトッピングまであるのか。


 ここは、どちらがいいだろうか……チーズでこってりも捨てがたい。


 とはいえ、肉でタンパク質はしっかり摂取した。


 ここは、野菜か。


「キムチでお願いします」


 という訳で、キムチを選ぶ。


 丼を差し出せば、ごはんをよそい、キムチをドバッと乗せてくれる。


「生き返ったな」


 赤く彩られた丼は、新しい始まりの予感。


「いただきます」


 勿論、まぜてからいただく。


「キムチ、正解だなぁ」


 酸味と辛味が加わって、甘辛いタレに馴染んだ口内がリフレッシュされる。


 タレを吸っておじやのような状態の米も、いい。


 すき焼きだ。


 丼の中で、上等なすき焼きを味わった。


 満足感に浸りながら、レンゲで米をかき込んでいく。


「ふぅ」


 全てを胃の腑に収めて一息。


「旨かった……」


 つぶやいて余韻を味わい。


 最後に水を一杯飲んで現実へと帰還し。


「ごちそうさん」


 丼を付け台に戻して、店を後にした。


「さて、帰るか」


 満ち足りた気分で、駅を目指す。


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