第179話 東京都千代田区神田神保町のマシライス(麺変更300g)+タルタル層+豚マシ+玉ねぎ入れ放題

「今日こそは……」


 勇みやってきた神保町で肩透かしを食らってしまったため、今回の冬はずっと心に引っ掛かりがあった。


 ゆえに、冬の闘いを雰囲気を味わうだけ味わって早々に退散し、国際展示場から新木場へ、新木場から永田町へ、永田町から神保町へと電車を乗り継いでやってきた。


「ちゃんと開いているな」


 店の前には、数名の列ができていた。これなら大丈夫だ。


 ずっと、すごい冷やし中華な気分だった。今日は絶対にそれを喰おう。


 強く願いながら列に入り、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の大掃除イベントへ勤しむ。出撃回数108回に達すると108個の石がもらえるのだから、頑張るしかない。まだ観ぬリリーを手に入れるため。


 そうして、幾度かの出撃を越えたところで、列は進み、いよいよ次が自分の番となった。


 ガラス戸越しに食券機を見て、すぐに目当ての食券が買えるように場所を把握しようとして。


 愕然とした。


「売切……だと?」


 どうみても、すごい冷やし中華のボタンに売切マークが点灯している。


「私は、何を喰えばいいんだ……」


 完全にすごい冷やし中華の口だったので、この不意打ちはキツイ。


 一時の混乱。


 それでも、食券機のボタンを眺め。


「タルタル層!? そういうのもあるのか」


 豊富なトッピングの中に、それを見つけてピンと来た。


 そうだ。


 そのものは喰えなくても、近い系統のものを組み立てることはできるじゃないか!


 脳をフル回転し、腹の虫の声に耳を傾け。


 自分の番が回ってきて店内に入るや、


「繋がった」


 食券機に千円札と五百円玉をぶち込み。


「まずは、マシライス」


 一枚。


「タルタル層」


 二枚。


「これもつけてしまえ! 玉ねぎ入れ放題!」


 三枚。


「こうなったらいけるところまで言ってやる……豚マシ!」


 四枚の食券を勢いで購入し、空いた一番奥の席へと陣取る。


「マシライスは麺に変更で」


 麺は300gまでいけるとのことなので、


「なら、300gで」


 と店員に食券を示して準備は万端だ。


 よくよく考えてみればすごい冷やし中華に寄せるならタルタル層だけでも十分だし、肉を考えれば焼き肉重にすべきだったようにも思うし、色々と冷静になった途端に思い付くが、気にしたら負けだ。


 ずっと狙っていたものがダメなら、その場の勢いに任せればいいのだ。


 再び、出撃を繰り返して待っていると、いよいよ注文の品がやってきた。


「うわぁ、なんだかすごいことになっちゃったぞ」


 丼の表面を三分するように、マシルー、豚、タルタル層が盛りつけられ、マシルーの外側にちょこんと乗る細切りの紅生姜が彩りを添える。マシルーの中央に乗せられつつ少し右に滑り落ちた卵黄も味がある。それらの具材の隙間から、太く黄色い麺が覗いて麺チラしている。


 別皿で、マシライスのスープと、入れ放題の玉ねぎが更に加わる。


 冷やし中華成分はともかく、すごい成分は十分に表現出来る料理だった。


「いただきます」


 まずはまぜないで、マシルーを麺に絡めていただく。


「……限度を超えた旨さは、暴力だな」


 健康という概念は忘れ、もたらされる快楽に蕩けそうになるマシルーの破壊力。口からビームを吐くぐらいのリアクションでは足りないだろう。


 次に、タルタルを絡めていただけば。


「う~ん、こってり」


 シンプルに刻み玉ネギがメインの具材となるタルタルの味は淡泊ながら、カルボナーラ的な重さが麺に加えられる。


「お、ここで玉ネギをいかせそうだな」


 元々入っているが、そこにスプーン一杯を追加すれば、持ったりした口触りにシャキシャキした歯応えがマシて楽しくなってくる。


「肉は……いわずもがな」


 マシで加えられた二つのデカい豚の肉塊の一つに齧り付けば、箸で切れそうなほどホロホロになりつつ、豚の旨みが凝集されている。これだけで、十分贅沢な晩酌ができそうだ。


 そこで、スープを呑んで一息入れる。ごくごく飾り気のない中華スープ。こちらも玉ネギが入っているので、


「足しておこう」


 入れ放題をいいことに追加する。


「さてでは、いよいよ、あるべき姿を求めるか」


 これは、要するにまぜそばだ。


 ならば。


 まぜてなんぼだ。


「お、重い(物理」


 普通に麺の上に乗っているものの重量があるため、思うように混ぜることができない。


 それでも、麺を引っ張り上げて戻してという感じで地道にまぜ合わせると。


「うん、なんかもう、すごい」


 語彙力が失われそうな丼が目の前にあった。


 白いタルタルソースがほのかに茶色く色づき、マシルーの挽肉や脂も白っぽくなっている。


「あらためて、いただこう」


 物理的にも食感的にも重みをマシた麺を箸で掴み、口へと運ぶ。


「これは……ヤバいな」


 マシルーの味は薄まりつつも、タルタルを纏い卵黄も溶け込んだことでこってり感が半端なくマシマシ。


 得体のしれない、これまでとは異なる旨味だ。


 ここまでくると、口からビームではなく、ダルシムになって陸地を浮かすまでありそうだ。なんやて!?


 ぐちゃぐちゃとあれこれが混ぜ込まれた麺は、止まらない。


 モリモリと口に頬張り。


「お、紅生姜……」


 たまに紛れ込む異なる味わいを楽しみ。


 スープで一息入れたりしつつ。


 豚に齧り付いて肉欲も満たし。


 半分ほどがなくなったところで。


「更にアレンジするか」


 というか、まだ入れていないものがあった。


 卓上に準備された刻みニンニク。


 それを手に取り、スプーン山盛り一杯を丼に入れる。


「これも入れちゃえ」


 器にまだ残っていた刻み玉葱も全て投入。


 再びまぜ合わせ。


 喰らえば。


「……かゆ……うま」


 なんだか遺言のような言葉が口を衝く。


 重い感触にシャキシャキした玉葱が大量に加わって変化がつき、ニンニクのパンチまで加わったのだ。


 もう、旨さの暴力で死亡してそれでも旨さに引き戻されてゾンビになっても仕方ない。これもいきもののサガか……


 既に意味が解らない領域に達しながら、ただただ色々なモノに塗れた麺を頬張るだけのマシンと化す。


 脳に叩き込まれる多幸感は飽和し、クラクラとさえしてくる。


 だが、始まりがあれば、終わりがある。


「ああ、遂に、麺が……」


 丼は、底にマシルーとタルタルと卵黄が混ざり合った僅かなタレと、刻み玉葱が疎らに残るのみ。


 さすがにそれらを追い駆けるのは、厳しい。


 麺があってあの状態だ。


 ダイレクトに味わうには刺激が強すぎる。


 かくして、レンゲひと掬いふた掬い程度のタレを残した状態で。


 水を一杯飲んで現実に脳を引き戻し。


「ごちそうさん」


 食器を付け台に上げて店を後にした。


「さて、腹ごなしに少しあるくか」


 東京駅かアキバで土産を買うべく、水道橋を目指して足を進める。 

 

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