第178話 東京都千代田区神田神保町の肉そば(醤油)大盛り

「な、なんだってぇ!」


 冬なので上京してきた。

 いつものごとくの店で喰うべく神保町へと一路やってきたのだが、なんと、本日は昼休業。


 完全にその店で食べるつもりだった私は、途方にくれそうだった。


 腹の虫も混乱の極み。


 他の店舗に向かうも一時間以上掛かる。とても保たない。


「……とりあえず、次の目的地へ向かいながら考えるか」


 旅の安全祈願に上野へ赴くため、水道橋へと歩く。


 その途上。


「ん? なんだ、肉そば?」


 妙に目を惹く看板があった。


 店の前までいってみると、この『そば』は中華そばのようだ。


「気になったなら、行ってしまうか」


 幸い、昼飯時には少し早いだけあり、席は空いているようだ。


 早速店内に入り、食券機へと。


「色々あるが、基本に忠実に」


 肉そばを選び、


「ここはガッツリ行ってしまおう」


 麺大盛り用の食券を追加する。


 厨房をコの字にカウンターが囲むタイプの店内、コの右上の角に当たる席が空いていたのでそこに陣取る。


 特に詠唱も必要ないだけに、食券をだせば後は待つだけ。


 早速、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して、おでかけだけ仕込んでいく。今日はイベントの谷間。もうすぐメンテに入るので、それに先立つ準備に留める。


 そうこうしているうちに、注文の品がやってきた。


「おお、肉だ」


 真っ黒いスープに満たされた丼の中には、肉。


 そういえば、関東では『肉』と言えば豚だったか。丼の表面を覆うようにチャーシューが並んでいるのがまずは目に付いた。


 その上に、ナルトがあり、更にナルトの上にすりおろした生姜。中央には刻み玉葱があり、その上にはカイワレ大根。更に、メンマと煮玉子もある。


 ともかく、非常に見栄えのいい絵面だった……って、煮玉子?


「どうやら、煮玉子トッピングつきの食券を買っていたようだな」


 まぁ、いい。


「いただきます」


 箸を手に、早速麺を頂く。


「なるほど……これはいい」


 中太のつるつるしたタイプのストレート麺には、しっかりとスープが馴染んでいた。醤油ということだが、醤油辛いのではなく旨味もしっかりある。レンゲで改めてスープを口へ運ぶと、添えられた生姜の香が加わって、さっぱりした印象の味わい。


 とびこみで入ったが、中々いい麺を引き当てたようだ。


「次は、肉だな」


 一面のチャーシューでありながら、よくある薄切りのものではなく、そこそこの厚みのあるチャーシューなのが『肉そば』の所以か。


 一枚に豪快に齧り付けば、豚の素朴な旨味。どうやら、味付きではなく、スープと共に食す前提のようだ。


「なら、こういうのはどうだろう?」


 備え付けの調味料から胡椒を肉にふりかけ、再び齧り付く。


「正解」


 スパイスの香りで肉の味が引き締まる。旨味がより際立ってくる。


 そこに、刻み玉葱を加えるのもいとおかし。


 カイワレを一緒に口に入れるのもまたよし。


 肉と薬味をしばし楽しむ。


 それでも、まだ、肉は残る。


「少し、クールダウンだ」


 といいつつ、真っ二つになった煮玉子を口に放り込む。


 どうやら、こちらも上品な味付けになっているようで、レンゲで口内に追いスープするといい塩梅だった。


「おっと、ここでもう一押し」


 一味を振り掛けてみる。


「なるほど、関東の和そば的な味わいになってくるな……」


 唐辛子の風味が加わると、ガラリと印象が変わる。だが、それがいい。


 一通り味わった後は、腹の虫の赴くままに麺を喰らう。


 食べ応えがある麺だ。


 なんというか。


「大盛にしなくても、よかったんじゃね?」


 とふと思う。


 それ以上に、狙っていた店が閉まってて正解だったんじゃね?


 とも思う。


 どうやら、そこまでガッツリいけるほどの状態ではなかったらしい。


 結果オーライ。


「ならば、せめてこの大盛はキチンと味わおう」


 丁寧に、しっかりと食んで味わいながら、飲み込んでいく。


 ガッツリした見た目で、量的にもガッツリだが、味わいはなんだか優しい和風テイスト。


 心地良く、胃を満たしていく。


 そこまで、無理はしなくてよかった。


 気がつけば、丼にはスープだけが残っていた。


「ここは、礼儀として……」


 丼を持ち上げ、数々の薬味で味わいを変えて行き着いたスープを味わう。


 少々唐辛子の刺激が強いが、それもまたおかし。


 最後の最後まで味わい尽くし。


 水を一杯飲んで一息入れ。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、めがね之碑を参拝しよう」


 東京へ来たなら、お参りせねばなるまい。


 水道橋駅へと、足を向ける。

 

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