第169話 大阪市浪速区日本橋の麻辣まぜそば(もやしマシマシニンニクマシマシ辛さノーマル)

「何か喰っていくか」


 仕事帰り。気になっていた映画が今週で終わりということで、とっとと仕事を終えて辿り着いた難波である。


 腹の虫は、ほどよい鳴き声。


 だが、気分的にはガッツリいきたいところ。


 かくして、なんばCITY前を少し南下してから東へ。


 駐車場の北側を通ってオタロードへ入って右折。


 そのまま進んですぐに左折すれば、目的の店があった。


「お、すぐ入れそうだな」


 映画の時間もあるので、並んでいると厳しかったがこれならいけるだろう。


 今日はジャンクにカレーでマシマシ、と思っていたのだが……


「あれ? カレーやってない?」


 食券機のボタンが×表示になっていた。


 仕切り直して別のモノをと眺めれば。


「麻辣まぜそば? 最近流行ってるのか?」


 いや、流行はどうでもいい。


 麻も辣も好物だ。


 ここは、カレーではないスパイシーなものを喰えという神のお告げに違いない。


 早速食券を確保し、空いていた一番奥のカウンター席へと。


 食券を出せば即座にトッピングを尋ねられるので、


「野菜はマシマシ、ニンニクマシマシで。あと、辛さは……」


 ピリ辛、辛、激辛と段階的に上がっていくが、ここは、


「辛(=ノーマル)で」


 としておく。人生にセーブポイントはない。冒険は、今度にしよう。


 さて、後は待つばかり。


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』は、今日から五悪魔のハロウィンイベント開始である。


 ステップアップガチャを持ち合わせとストーリーの石で追加金額無しに確定まで回して無事に【氷鎌】リリーは確保している。ハロウィンだけに死神デス。ぷっくくく……と期待通りのダジャレも聴けて満足。


 それはさておき、おでかけを仕込んでいる間に目の前でまぜそばがスタンバってきているのが目に入ってきた。


 これは、出撃するのは控えて待つべきか。


 などと思っていると、サクッと注文の品がやってきた。


 丼の表面を覆うもやし、その上から掛かるネギに隠れるように覗く卵黄。更に、大きめのチャーシューが一角を占めている。


 中々の見た目だが、マシマシにしては大人しいような?


 と思って尋ねれば、まぜそばに沢山入れすぎるとまぜにくいのでバランスを考えてこの量だということだ。


 足りなければ追加も受け付けると親切に申し出てくれた店員に恐縮しつつ感謝を

述べ、


「いえ、これがベストというならこれでいただきます」


 ということで、改めて丼に向き合う。


 客のことを考えて量を決めたのであれば、それに従うのがいいだろう。市販のカレールーを一番美味しく作れるのは、何のアレンジも加えずに描いているレシピ通りに作ること、という。


 私は料理人ではない。ここは料理人の感覚に従うべきところだ。


「いただきます」


 箸を手に混ぜていけば。


「確かに、混ぜやすい……」


 早速店員の配慮に唸る。いや、当たり前ではあるが、絶妙なボリューム感とまぜ易さである。いつも、うまく混ぜられないのだが、単に野菜が多過ぎるのもあったのだな……とか今更なことを考えつつ、表面上は見えなかった赤いタレで全体が染まって行くのを楽しむ。

 

 麻辣。唐辛子と花椒である。見た目に派手なのは、やはり唐辛子の赤か。


 ほどよくカオスな見た目になったところで、早速麺を喰らう。


「おお、旨辛」


 豚の出汁の効いたタレに唐辛子の刺激が加わったところに、


「そして、唇が、痺れる」


 花椒の痺れがくる。


 辛味は痛み。

 辛味は痺れ。


 異なる辛さを楽しめるのが、麻辣のいいところだな。


 全てがまざりあったジャンクさが心地良い。


 もやしもタレでいくらでも食える、という感じだが一方で。


「この量だから薄まらないのか……」


 それもまた事実。


 これなら、最後までしっかりした麻辣を感じられること間違いなしだ。


 混沌とする中で、唯一原型を留める豚を囓れば、元々味のついたところにタレが加わって美味。なんか、これだけでいいツマミになりそうな味だ。


 とはいえ、今は酒を呑むときではない。


 麺を喰らうときだ。


 この旨味で、麺を喰わずしてどうする?


 豚でブーストされた食欲に任せ、箸を動かす手を加速する。


 何が何だか解らないが、旨い。


 まぜそばとは、そういう渾沌とした味わいを楽しむものだろう。


 ならば、今。


 存分にまぜそばを楽しんでいるということになろう。


 だが、だからこそ。


 終わり時は、早かった。


「もう、終わりか」


 丼の中身は胃の中に時間を掛けた瞬間移動を果たしていた。いや、瞬間じゃないか。


 ともあれ、丼の中にはタレが僅かに残るばかり。


 これは、残してはいけない。


 両手で杯のように丼を持ち上げ。


 ゴクリ、と残ったタレを飲み干せば、最後の辛味と痺れが口内と唇を楽しませてくれる。


 刺激の名残にしばし浸り。


 最後に水を一杯飲んで区切りを付け。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、口づけで顔が入れ替わるという物語を、観に行くか」


 劇場へ向け、オタロードを北上する。


  




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