第155話 東大阪市長堂のラーメン(しょうゆ・大・野菜多め)

 二週間の夏休みが終わってしまった。


 思えば、学生並みの休みだったんだなぁ、などと思いつつやってたこともそんな感じで、非常に有意義な休みとなった。


 そうして迎えた社会復帰。


 無事に仕事をこなして定時ダッシュを決めたところで、隣の市まで足を伸ばすべく難波から近鉄電車に乗り込んでいた。


 そこの劇場なら、気になっていた映画がほどよい時間に上映しているという情報をキャッチしていたのだ。


「危なかった……」


 思わず、駅に停車していた快速急行に飛び乗るところだったが、鶴橋の次の停車駅が生駒(奈良県)……だと。近鉄電車はこれがあるので気を付けねばならない。


 学生時代沿線で待ち合わせに現れない奴がうっかり快速に乗って奈良県まで連れて行かれていた、というのは風物詩でもあったな、そういえば。当時は携帯もないので駅の掲示板に行き先書いたりしてたなぁ。


 などということを思いだしたのは、目的地が●十年ほど前にそんなことを経験した布施駅だからであろう。


 そう、布施駅である。


 かつては駅前商店街にパラパラとあった劇場もいつしか集約されてシネコンになって時代の流れを感じつつも、商店街の各店で映画の半券を出すと受けられる割引サービスは今も引き継がれていたりする、昔ながらの空気もしっかり残っている街だ。


 映画館は、駅からすぐだが、


「腹が、減ったな……」


 久々に働けばお腹が空くものだ。


 上映時間まではまだ余裕がある。どこかで食って行こう。


 映画館のある北東の出口から出ると、


「そうだ。あの店があったな」


 今日は懐古的な気分である。

 

 ならば、そういう食べ物を食すのも悪くない。


 駅前広場に面した、目立つ黄色いテントの店を目指す。


 鶴橋の本店はもっと前からあったが、それでもここも二十年だったか。


 厨房をL字に囲むカウンターと、そのカウンターの外周に沿うように並ぶ四人掛けのテーブル席という造りの店内は、時間が半端なので空いていた。


 そこそこの年を経つつ、改装を重ねて小綺麗な店舗へと足を踏み入れ、適当なカウンター席へと着く。


 さて、何を食べたものか。


 いつの間にか新しくなっていたメニューを眺めていると。


「お、裏面にはカスタマイズ明記されてたのか」


 この店は、通っていると誰かがやっていて知るのだが、麺の固さ・味の濃さ・油の量・チャーシューの部位・野菜の量と結構細かい注文を聞いてくれるのである。


 今まで他の客の注文を聞いて見様見真似で覚えたのだが、明記されたのか。いや、もしかしたら、前の夜メニューも裏に書いてたかもしれないが、昼が多いので記憶にないだけかもしれないが。


 改めてメニュー観るが、昼はお得にセットメニューが喰えるが、夜のセットメニューは通常の値段になる。それでも昼が安すぎるだけで高いというほどではないのだが、どうにも二の足を踏んでしまう。だって、給料日前なんだもん。


 それ以前に、腹の虫の騒ぎ具合を鑑みるに、セットを喰うほどの空腹でもなさそうだ。


 ならば。


「ラーメンしゅうゆ、大、味濃いめ、野菜多めで」


 と注文する。この店、麺の大盛りが七十円というのは昼も夜も変わらないのである。また、同じ値段で、しょうゆ・みそ・しおが選べるシステムだ。


 かくして注文を終えたので、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。今日から大型イベント。それも、おでかけを軸にして親密度を上げることをメインにした新しいタイプのイベントだ。


 気合の入った五乙女のスチル画像なんかも用意されているらしい。


 だが、私が本気になるほどではない。だって、五悪魔留守番でリリーはいないから……


 などと、おでかけを仕込みながら考えていると、厨房で麺が茹で上がったのが目に入った。


 これは、のんびり出撃している場合じゃないな。


 臨戦態勢を整えて待ち構えることにする。


 ほどなく、麺がやってくる。


「山盛りだなぁ」


 野菜はネギともやしだ。丼の表面を覆うようにこんもりと盛られている。その中に埋もれるように数枚のチャーシューが見える。


 隙間から除くのは濃い褐色のスープ。豚骨ベースだが、背脂系のどろどろではなく、やや濁っているが清湯である。


「いただきます」


 レンゲを手に、スープをいただく。


「ああ、優しい旨さ」


 味濃いめにしても、ガツンとくるようなことはない。豚骨の旨みと相まって全体的に丸みのある味わいだ。


 店の雰囲気は変わっても変わらぬ味わい。



「山盛りのもやしとスープが、また合うんだなぁ」


 しゃきしゃきした細もやしをスープにくぐらせればいくらでも食えそうな勢いだ。ネギのほのかにピリッとする風味も抜群の相性。


 味付けのないシンプルなチャーシューも、このスープに合わせるとバランスのいい豚の旨みを楽しめる。


 そして当然。


「ラーメンというか、中華そばって感じだなぁ」


 レトロさを感じさせる中細麺は、柔らかい味わいのスープを纏ってくると、なんともいえない安心感。腹の虫も大人しい。


 味は、本当、落ち着いている。


 でも。


「多い、な」


 減らない。スープの中にみっしりと中細麺が潜んでやがる。


 食べ応えもあり、ガンガン腹の虫を満たしてくるのだ。


 ならば、ブーストするか。


 まずは、定番のコショウだ。


 持ち上げて丼の上面に陣取る麺に直接ぶっかける。


「スパイシー」

 

 語彙力のない感想になるが、適度な刺激が食欲にブーストをかけてくれる。


 ラーメンにコショウは、昔は元の味が変わるのが嫌で使わなかったが、年々、その変化を楽しめるようになったんだよなぁ。


 そんなことを考えながらモリモリ麺を喰らう。


 半分以上減ったところで、次に移る。


「って、これ、ヤンニンジャンっていうのか!」


 ずっと昔からあった、唐辛子ニンニク味噌の器に、カタカナで『ヤンニンジャン』と書かれている。一体、何年越しに知ったんだってぐらい、新鮮な驚きがある。


 昔から『唐辛子とニンニクの味噌』って説明だけあって、豆板醤でもなさそうだし、何醤なんだと思ってたんだが、いきなり謎が解けた。


 カスタマイズといい、二十周年で色々と謎を開示する流れなのか?


 そんなことを考えながら、小さな匙二杯ほどを丼に投入する。


 因みに、これを入れると風味がガラッと変わるので、半分はそのまま食べるのが私の主義である。こういうところは、かつてコショウを嫌った性質を残してはいるのか。


 昔があって今があるのだなぁ。


 レンゲでほぐしてスープに溶け込ませれば、優しさの中にパンチが生まれる。


 変化を楽しみながら、麺をもやしをネギをチャーシューを喰らう。


 とても満たされた気分だ。


 物理的に麺も多かったので、満たされている。


 セットにしたらやばかった。


 結果オーライ。


 最後の最後まで。


 つまり、スープの最後の一滴まで。


 穏やかな気持ちでいただいた。


「ふぅ」


 最後に水を一杯飲んで一息。


 会計を済ませ。


「ごちそうさん」


 店を後にした。


「さて、劇場を目指すか」


 近鉄高架沿いに、西を目指す。



 


 








 

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