第154話 大阪市中央区日本橋のラーメン(並ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ魚粉

 長い夏休みも、残りあと二日。


 『夏』に旅立ち、帰ってからは細々予定をこなして水曜以降は家に籠もってゲーム三昧というとても有意義な休みを過ごしている。


 とはいえ、そろそろ社会復帰へのリハビリをしていかないと後がつらいな。


 何より、体力だ。


 年々酷暑となる昨今。


 夏休みは空調の効いた部屋の中で過ごすのが健康の秘訣。


 『夏』の間は毎日動き回っていたが、それ以降はほぼインドアで過ごした。


 人間、動かなければ体力はどんどん落ちていく。


 これでは、社会復帰に支障があるかもしれない。


 こんなときになすべきことはなんだろう?


「そうだ、マシマシ喰おう」


 喰って回復。これがベストだ。


 かくして私は、馴染み深い店を目指すことにした。


 日本橋駅で下車し、地上へと出れば、堺筋と千日前通りの交差点南西。


 そのまま少し南下して、一つ西の道に入り、更に南下。


 オタロードの入り口、ドスパラの建物が見えてきたところの左手に目的の店はあった。


「ちょっと早く来すぎたな」


 開店までまだ十五分ほどあった。

 

 列もなく、店の入り口前で『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイして待つことにする。


 今日はイベント最終日。そこまで頑張らなくてもいいイベントなのでのんびりしたものだが、アクティブポイントを余らせるのは気持ち悪い。


 ボーナスステージでアクティブポイントを稼いでいれば、開店時間がやってくる。


 振り向けば、いつの間にか十人程度の列ができていたが、その先頭で店へと足を踏み入れる。


 細長い店内。カウンター席の手前にある食券機で、


「今日は、オーソドックスに行こう」


 ラーメンの食券を確保すれば、一番奥の席へと案内される。


「麺は並、ニンニクマシマシヤサイマシマシ魚粉カラメで」


 食券を題してサクッと注文を通せば後は待つばかり。


 入る前にアクティブポイントを使い果たしたので、ここは読書して待つとしよう。


 社畜の兄と妹の物語を綴った短編集。デスマーチプロジェクトに巻き込まれても、妹のためには何とかする兄の姿は尊いが、逆にそういう事態が発生してしまう社会への警鐘とも取れる。


 デフォルメされつつも元ゲームプランナーの作者の実体験がある程度反映されているのか、顧客の理不尽な要求に振り回される色々と身につまされる内容だった。


 面白く読んでいるが、こんな作品がエンターテインメントになってしまうことが哀しいことだという気持ちを忘れてはいけないよな。


 色々と考えさせられていると、注文の品がやってきた。


 ドーム状に盛られた野菜は魚粉に塗れ、麓には大量の刻みニンニクと豚が無造作にある。


 豪快な見た目が、否応なく腹の虫を刺激する。


「いただきます」

 

 箸とレンゲを手にし、丼へと向き合う。


 まずは、スープ。


「問答無用の旨味だ」


 醤油と豚の味わいに、白い粉的旨味の複合。脳みそに強制的に「旨い」を伝えてくる。


 更に、喉に絡みつくように残る少々醤油辛い後味。


「これがいいんだ」


 生きているって感じられる食の体験。


 次に、魚粉塗れの野菜を頂けば、これまた「旨い」の押し売り。そもそも、魚粉はそのまま出汁になる天然旨味調味料に他ならないから当然だ。


 「旨い」と「旨い」を合わせてもっと「旨い」になる。


 野菜をスープに浸せば、それだけで御馳走だ。


 モリモリ食べられる。健康的だ。


 しかし、野菜だけでは体力を回復させるには不足。


 導線ができたところで、麺を引っ張り出す。


 褐色に色づいたバキバキの太麺を口いっぱいに頬張れば、炭水化物を食す悦びがこみ上げてくる。


 次は、豚を囓る。タンパク質。これもまた人に幸せを運んでくる。


 そこで、大量のニンニクをスープに沈めつつ、麺を引っ張り出して天地を返す。結果的に、全体にニンニクが行き渡り、体力回復効果マシマシとなる。


 無造作に麺を野菜を豚を箸とレンゲを駆使して口内に運び、咀嚼して嚥下して腹の虫へと届けていく。


 悦び幸福に浸りながら、体力が回復していくのを感じる。


 社会復帰に向けて、一歩、また一歩と進んでいる。


 食によるリハビリ。


 何を食べてもニンニク塗れ。一口ごとにゲージが回復していくのを実感する。


 とはいえ、このまま終わるのも寂しい。


「もう一押し、しておくか」


 卓上の粗挽き黒胡椒と一味を、これでもかとふりかけ、軽く混ぜる。


 改めて食せば、胡椒のと一味の方向性の違う刺激が渾然一体となってニンニクに加わり、口内で暴れ回る。


 これもまた「旨い」。


 流れる汗が加速していくに任させて、口を動かす。


 そうだ、今は食事の時間。頭より口を動かせ。


 目の前の丼に向き合い、ポーションのように体力が回復していくのを感じていればいい。


 次第に丼の中は寂しくなり、固形物は姿を消していった。


 名残を惜しむように、薬味で最初に比べてずっと尖った味わいになったスープをレンゲで数口のみ、喉に絡みつく刺激に趣を味わい。


 最後の最後、水を一杯のんで全てをリセット。


 満たされた気分で、食器を付け台に戻し。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、腹ごなしにオタロードを散策していくか」


 日曜の賑わう界隈を目指し、南へと歩む。

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