第143話 大阪市中央区千日前の灼熱つけ麺(大・2辛)

「どうにもテンションが上がらない……」


 夏だ。

 夏は、暑い。

 だからバテる。

 熱くなれない。


 暑さと熱さのミスマッチだ。


 オマケに、『夏』に向けても動いていかねばならない。


 仕事帰り、頭脳労働で疲れた脳みそで帰ってからやるべきことを考えても、いい未来は描けない。まっすぐ帰ってもテンションが上がらないまま時間を無為に過ごし、絶望のまま眠る可能性も高い。


 哀しい未来予想だ。


 だが、過去は覆らなくとも、現在を使って未来は幾らでも変えられる。


「よし、無理矢理にでも、熱くなろう」


 熱くなって暑気払い。


 そのために打ってつけのものがある。この季節に各所に出てくる『辛味』だ。

 カプサイシンの効果で代謝が云々発汗が云々。


 そんなことはどうでもいい。


 辛味から得られる刺激で、身体の内から無理矢理熱くしてテンションを上げるのだ。


 理論武装は完璧。


 難波駅に降り立ち、一路、心当たりの辛味を目指す。


 南海方面から出て、マルイの横をとおって商店街を北上。千日前通り手前で右に折れ、ビックカメラ前を越えたところで右折。


 関東から進出してきた店舗、関西人はとある路線の終着駅である関係で同じ字で違う読みの比較的良く耳にする地名があるために正しく読めなくてもしかたないつけ麺屋があった。


「今年もやってるな」


 期待通りのメニューの看板が店頭にデカデカと出ている。


 ならば、行こう。


 一階が主に一人客向けのカウンター席、二階にテーブル席がある店舗だが、半端な時間だけに一階は空いており、好きな席へということで適当なところに陣取る。


 メニューは決まっている。


 セルフの水を一杯飲んで一息入れ、


「灼熱大、2辛で」


 と手短に注文を済ませる。


 後は待つばかりなのだが、時計を見れば、


「ん? この時間なら映画に間に合うぞ……」


 出てくるまでの時間、食べる時間を計算すると、チェックしていた映画の上映時間に劇場へ到達できるのはほぼ確実。


「よし、行ってしまおう」


 今日は気分を転換するのだ。心の栄養もまた、内なる熱さには必要なのである。


 辛味と共に、きっと熱くしてくれるだろう。


 文明の利器を駆使してサクッとチケットを確保し、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。


 ちょうど新イベント初日であり、ログインすれば前回イベントの報酬が大量に届いていた。


 それらを整理し、おでかけを仕込み、アバターのリリーを愛でていると思いの時間が過ぎて、注文の品がやってきた。


「さぁ、灼熱の時間だ」


 丼に山盛りの大盛の麺と、茶褐色のつけ汁。


 だが、つけ汁には赤い染みのようにラー油が広がり、表面に浮かぶ海苔の上には赤褐色の粉末。これらが、辛味の元である。


「いただきます」


 まずは、混ぜる前にベースの味を頂く。


 オーソドックスな、いかにもつけ麺という魚介豚骨味だ。


 これが、どう化けるのか?


 まどろっこしことは抜きに、ラー油と海苔の上のスパイスも一気にスープへと混ぜ込んでしまう。


 改めて麺を浸して口へ運べば。


「これだ!」


 唐辛子の刺激が口いっぱいに広がり、遅れてベースの魚介豚骨風味が追い駆けてくる。辛さで覆い尽くさず旨みを残したいい塩梅だ。


 バテ気味だった腹の虫も、一気に息を吹き返す。


 太めのモチモチした麺を贅沢にスープを潜らせて口いっぱいに頬張れば、辛味と熱さが幸福に変換される。


 脳のスイッチが入ってきたぞ。


 淀んでいた気分は、もうどこか遠くへ。


 刺激を、刺激をもっと寄越せと、脳が司令を下す。


 重たいぐらいの麺をズルズルもきゅもきゅゴクリと味わえば、腹の虫を焼くような熱さが胃の腑へと落ちていく。


 心地良い。


 流れる汗をおしぼりで拭いながら、熱さを求めてただただ麺を喰らう。


 つけ汁の中の大きく切られたサイコロチャーシューに極太のメンマもいいアクセントだ。


 ハイテンションがビリビリきそうな、多幸感が広がる。


 薬などキメずとも、食で人はハイになれるのだ。


 ひたすらに食して熱さを堪能していれば、必然的に、大盛の麺であってもひとたまりもない。


「もう、終わりか」


 麺はすっかりなくなり、僅かばかりの赤茶色の汁が残るのみ。


 だが、まだ足りない。


 ここは、


「スープ割りお願いします」


 つけ麺定番のシステムを利用して最後まで味わわねばなるまい。


 すぐに適度にスープで薄められたつけ汁が目の前に現れる。


 レンゲでひと掬い口へ運べば。


「熱っ痛ッ……だが、それがいい」


 スープ割りの物理的熱さ、底に溜まった辛味が伸ばされて口内に広がることで得られる痛さに、意識はどんどん覚醒していく。


 なんとも心地良いではないか。


 少しずつ、少しずつ。


 だが、着実に。


 辛味を胃の腑と落として熱さへと変換する幸福を堪能する。 


 やがて、レンゲで掬うのが面倒になり。


 器を手に持ち、口へと運び。


 ぐい、と。


 一気に中身を飲み干す。


「……ふぅ」


 汗が流れるままに、器をカウンターに戻す。


 余韻に浸り。

 

 最後に水を一杯飲み干し。


 レシートを手に会計を済ませ。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「今から迎えばちょうどいい時間だな」


 来た道を逆に辿り、探偵映画を見るべく劇場を目指す。






 

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