第142話 大阪市浪速区日本橋のHEAVEN
本日は、映画の日で日曜日。
映画を観に行かない手はないということで、大長編シリーズ『スターウォーズ』のハン・ソロを主人公としたスピンオフ映画を観るため、朝から難波に出ていた。
旧作を彷彿とさせる展開に、遙か昔に観た記憶が甦り、
「なんだか、懐かしささえ感じる映画だったな……」
という風情だった。幼い頃に劇場で観たハン・ソロのキャラクターに対する懐古が多分に含まれているが、それを抜きにしても素直に楽しめるエンタメ映画で満足な休日の朝を過ごすことができた。
だが、心が満たされたところで。
「腹が減ったな……」
劇場を出れば、休日昼の賑やかな繁華街。
南海通りに入り、道具屋筋に入りと商店街の店舗を眺めるが、今の腹に合うものが見つからない。
気がつけば、道具屋筋を南に抜け、オタロードへと達していた。
そのまま、南へ少し進んだところで、
「なんだ、これは?」
通りがかった立ち食いのまぜそば屋の食券機に、一際目を惹くメニューが張り出されていた。どうやら、今日から解禁されるメニューらしい。
端的にいって「頭おかしいんじゃないか?」と言いたくなる内容であり、
「こんなの、行くしかないじゃないか!」
己の舌と腹で確かめるべく、食券を購入する。
食券を出し、カウンターの一角に陣取る。セルフの水を飲んで一息つく。すっかり夏な暑い昼。冷たい水はありがたい。
凸型の上の出っ張りがカウンター、下の空間が厨房で屋台の延長のような店舗だ。日除けのテントがあるだけのオープンな店内に流れる送風機の風を浴びながら、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。
現在、弾幕神イベント第三弾開催中。大佐がショ大佐になって大変だったりするが、前回のフグ刺しに続いて今回の弾幕神のショットは洗濯機+ビットレーザー。
心躍るショットだが、あいにく石が確保できないので諦めつつ、粛々とアクティブポイントを溜めてイベントを進めるのである。
弾幕と戯れることしばし。
遂に、注文の品がやってきた。
「なんだ、これ?」
目の前に出てきたのは、小ぶりなフライパンに敷き詰められた麺の上に積み上がった肉の山。山肌には、たっぷり溶けたチーズが塗されている。
ただ、見た目に騙されてはいけない。
肉一枚めくれば現れる、白い山。
「米……だと」
豚バラ焼き肉の山と思われたのは、表面を覆う皮膚。麺の上に山を成しているのは、白いご飯だったのだ。
チーズ肉米麺。多層をなすカロリーの暴力。
圧倒的だ。
圧倒的に、旨そうだ。
「いただきます」
早速手を付けようとするのだが、
「どこから手を付ければいいんだ?」
とりあえず、手近な表面の肉から頂くことにする。
「ああ、見た目通り焼き肉だな」
甘辛いタレ味がする、豚肉。ところどころに混ざっている青いのはネギか。
肉を食べれば、内側から米が現れる。
目に付いたら、喰えばいい。
「焼き肉には、米だなぁ」
チーズを纏ってコクのある焼き肉味に米が合わない訳がない。
これだけで、幸せな気分になれる。
だが、待て。
これは、飽くまで前哨戦。
米の下にはたっぷりの麺がある。
そこまで到達せねば。
と、米を更に食せば、固めの感触にぶつかる。
「サイコロチャーシュー…だと……」
米と麺の間には更なる肉の層があったのだ。
豚焼き肉丼を食っていたら、底から肉と麺が現れるようなもの。
もう、この時点で何を喰っているのか分からなくなってくる。
どれが主食でどれがおかずだ?
麺で米を食うのか? 米で麺を喰うのか?
悩ましい……って、この店は何屋だった?
まぜそば屋である。
そうか。
ならば、悩む必要はない。
たとえ、肉と食すだけで幸せを運んでくれるとしても。
この皿(というかフライパン)の主役は麺である。
「まぜなきゃ」
ここでようやく、本質に辿り付くことができた。
米も麺のおかずなのだ。
全てを渾然一体とすべく、レンゲと箸で麺を底から引っ張り出しつつ米を崩し肉を拡げてまぜ合わせる。
しばらくすれば、たっぷりの米を纏った麺ができあがる。
「改めて……いただきます」
麺を啜る。
「な、なんだ、これは?」
焼き肉の味と、まぜそばのタレが渾然一体となるのはいい。
その上で、どうやら麺にもチーズが掛かっていたのかぬるっとした食感と、米の甘みと、麺そのものの風味。
全ては、炭水化物。
驚異的な炭水化物味。
脳にくるぞ、これ。
そもそも「米を纏った麺」ってなんだ? いや、目の前に実物があるけども、字面がおかしい。
ラーメンの〆に残ったスープに米をぶち込んだら、そこに残った麺が混ざってくることはあるが、これは「麺が混ざった米」というべきだろう。
『そばめし』という料理もあるが、これも細かく切ったソバは具材扱いで米がメイン。「麺が混ざった米」と表現するのが適切だろう。
だが、これは違う。
どう考えても「米を纏った麺」としか表現出来ない代物なのだ。
炭水化物オン炭水化物の一種の究極の姿を目にしている感動に浸りながら、腹の虫の狂喜乱舞に流されるまま、箸とレンゲで麺と米を、時に肉を口へと運ぶ。
更には、ニンニクや一味をぶち込んでパンチを効かせれば楽しみは増える。
もう、理屈とか分からない。
「タンスイカブツ……ウマイ」
片言でそうとしか言えないぐらい語彙力を奪われていく。
最終鬼畜にして獄滅極戮至高の脂肪フラグ。
だが、抗えない。
「コメ……ウマ、メン……ウマ」
肉の味で、麺と米を胃の腑へと運ぶだけのマシーンと化した私には、もう、語彙力が残されていなかった。
これほどの糖質をなんぼのもんだと腹に叩き込む快感に酔いしれるのみ。
「ウマ……ん?」
我に返ったのは。
米粒一つ残さず、フライパンを浚えた後だった。
「そうか、終わってしまった、か」
腹部に感じる幸せが運んできた確かな重量感が、それを物語る。
満足だ。
最後に、水を一杯飲み。
食事で内側から湧き上がる熱を鎮め。
「ごちそうさん」
店を後にした。
「少し、腹ごなしするか」
すっかり夏の明るい日射しの下。
休日で賑わうオタロードの雑踏の一部になるべく、足を進める。
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