第144話 大阪市深江南の担々麺+半麻婆丼セット
「溶ける……」
容赦のなく上がった気温は、夕方も健在。
荷物が届く関係もあって速攻で仕事を終えて帰宅の途にある私は、暑さに喘ぎながらも、もう一つの声にも苛まれていた。
「腹が、減った……」
早く帰らねばならないが、何か喰って帰りたい。
こういうときは、ファストフードなどが適しているが、そういう気分でもない。
やはり、暑さには熱さだ。
「そうだ。よさげな店があったな」
ふと頭をよぎった店を目指し、大阪メトロ千日前線新深江駅へと降り立った。
超有名文具メーカー本社の向かい側。超有名ペット関連商品メーカー本社もほど近い場所。
そこに、赤い看板の中華食堂があった。
まだ早い時間だが、近所の会社の仕事帰りらしき人々が既に飲み始めているようだ。
初の店なので店前に置いてあるメニューを確認する。飲みに引かれてしまうが、今は飲むべきときではない。
喰らうのだ。
食事をメインに眺めていると、今の気分にベストな選択肢があった。ならば、行くしかあるまい。
店内は、向かって左に広めに厨房があり、右半分手前にテーブル席、奥がカウンター席となっていた。
店員にカウンターに案内され、
「担々麺と半麻婆丼セットで」
と注文を済ます。暑いときは刺激物に限るからな。
そうして、注文を厨房に伝える言葉は、中国語。
どうやら、ここはネイティブな中華屋らしい。これは、期待できそうだ。
席に備え付けのセルフの水で渇きを癒やしつつ、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。
とはいえ、出てくるまでの時間が読めない。
雪女リリーは確保済み。イベントものんびりペースでいい。
なのでおでかけや使い魔の整理などだけをして、読みかけの本を読んだりして過ごしていると注文の品がやってくる。
「なるほど、これが本格中華の担々麺……」
褐色のスープの上に、水菜とラー油に塗れた挽肉が乗っている。
厨房を見ると麻婆は今から炒めるようなので、先に頂くとしよう。
「いただきます」
箸を手に、中太麺を啜れば、口いっぱいに広がる刺激。
「おお、いいぞ」
山椒と唐辛子、麻と辣の刺激がビシッとくる。それを、濃厚なゴマダレが包み込んで、旨みへと繋がっていく。
余計なもののない、シンプルにゴマと山椒と唐辛子の味わいがとてもよい。
「水菜も食感が楽しいな」
どろりとしたスープにシャキッとした歯応えが心地良い。
そうして本格担々麺を楽しんでいると、セットのミニ麻婆丼がやってくる。
麻婆丼といいながら、底が浅めで幅の広いボウルのような器に盛られている。
盛り方はご飯の半分にカレーのように麻婆豆腐が乗ったスタイル。
添えられているのレンゲではなくカレースプーンだ。
なんというか、家庭的な見た目がいい。
赤くとろみのついた中に、黒い粒は豆鼓だろうか。
家庭的という意味での本格四川料理だ。
「お味は……」
カレースプーンでカレーのようにご飯と麻婆豆腐を絡めて喰えば。
「くっ、こいつはクるな」
こちらも麻と辣がビシビシくるスタイルだ。市販の麻婆豆腐の元などにある出汁が効いた旨辛などではなく、刺激をすっきり美味しく味わうタイプ。
食欲が否応なく刺激される味わいだ。
更に付け合わせで出された、中華定番の搾菜もいい仕事をする。
この中では、塩辛いのが新鮮で箸休めだ。
「ふぅ」
地球を回せそうな熱い四川の味わいに浸っていると、額から止めどなく汗が流れ始めていた。
「こうなったら、勢いだ」
刺激は食欲を増進させ、腹の虫の勢いは∞。
担々麺を啜り、麻婆丼を貪り。
ビシビシくる香辛料の味わいに流される。
暑い。だが、心地いい。
体中の汗腺が開く開放感。
暑さが転じて熱さとなる。抱きしめた心の某かを燃焼させていく。
「もう、ない……か」
麻婆丼の器は米粒一つ残っておらず、担々麺の器には固形物はもうない。
「いや、ここまで来たら、最後まで……」
残ったスープをレンゲで掬って嚥下すれば。
「熱っ!」
というか、少々痛い。
強烈な刺激が喉を過ぎて行くのが分かる。
だが、この痛み。
ちょっと気持ちいい。
「大丈夫だ、人間、慣れる」
そのまま、二口、三口と喉を通せば、もう大丈夫。
身体の底から沸き上がる熱を感じながら、濃厚で刺激的なスープを堪能する。
やがて、全ては胃の腑へと。
こうして飲み干してみれば、刺激塗れのところでこってりしたゴマが全体を纏めるいい仕事をしていたように思う。
今の心境を一言で表せば。
ゴマ乙……
と、オチが付いたところで最後に水を一杯飲んで一息入れ。
「ごちそうさん」
会計を済ませて店を出る。
むわっとした熱気に出迎えられれば、全身から汗を噴き出すのを感じる。
「さて、さっさと帰らねば」
一路、駅方面に歩みを進める。
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