第140話 大阪市中央区難波千日前の賄い醤油

「なんだか凄いモノを観てしまったな」


 日曜朝。

 ずっと気になっていた『ニンジャバットマン』を難波へ観にいったのだ。


 DCコミックスの雄、バットマンが戦国時代にタイムスリップして第六天魔王のジョーカーと戦ったりするハチャメチャストーリー。


 バットマンがニンジャ的に活躍してそうそうお目にかかれない攻城戦(?)が展開される一大戦国絵巻。


 とにかく、冒頭のものが率直な感想となる痛快エンターテインメント映画だった。


 ずっと座って観ていても、激しい映像作品を観れば消耗する。


「腹が、減ったな……」


 まだ午前中は四十分ほど残っている時間。


 昼前ではあるが、ここは大阪ミナミ。休日の昼時は混み合ってあちこち並ばされるのが定め。


「なら、早めに済ませてしまうが吉だな」


 かくして、劇場のあるなんばパークスの北側からウィンズ前のエスカレーターで下り、オタロード方面へと歩く。


 とんかつ、豚骨ラーメン、カレー、長崎ちゃんぽんなど、何をみても旨そうではあるが、気分じゃない。


 今は、映画で上がったテンションのままガッツリ行きたい気分なのである。


 ならば。


 とんかつメインの定食屋の角を北へ曲がって少し歩けば、左手に目的の店がある。


「お、そんなに並んでないな」


 列の待ち人は一人。もうこれは、ここにいけというお告げに違いない。


 後ろに並び、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動しようとしたところで、タイミングがよかったのか店内へと案内される。


 実質ほぼ並ぶことなく済んだのは、食事時を外したお陰だろう。


「さて、久々だし、基本の醤油にするか」


 食券を確保し、最近セルフになった食券機横のコップを手にして案内された席に着く。厨房をコの字型に囲むカウンター席には、未だ麺が到着していない姿がチラホラと。


「これは、少し掛かりそうだな」


 ゴ魔乙を改めて起動し、おでかけを仕込み、学園の試合をこなし、イベントステージへ出撃する。


 現在のイベントはカルミアが悪魔となる前日譚。街の人気者だった少女が、とある令嬢と出会い、女同士で愛し合ったがゆえに魔女として処刑された哀しい少女の物語。


 カルミアに限らず、基本的にゴ魔乙のキャラの前日譚はヘビーなのである。リリーにもそういった哀しいエピソードがあり、ゆえに、眼鏡を外してはいけないのである。


 そんなことを考えながら二回ほど出撃してカルミアの想いを集めたところで注文の品がやってきた。


「こじんまりしているな」


 そう感じる時点で何かが狂っているとは重々承知。


 大ぶりの丼に、表面を覆うように乗せられた野菜。ぶつ切りの豚の肉塊。その周囲に満たされた見るからにどろりとしたスープ。


 いかにも身体に悪そうであり、ゆえに旨そう。


「いただきます」


 久々なので、レンゲを手にスープを一口。


「……濃い、な」


 脂ギッシュでドロドロの食感に、豚と醤油がストレートに主張し合ったドギツイ味。塩分が口内で刺激に感じられるほどのしょっからさ。


 だが、先ほどの映画のテンションでマヒした味覚には、ちょうどいい。


 零れる心配をするほどの盛りでない野菜を底に沈め、麺を引っ張り出し、底に沈んだ更なる味の濃い部分を全体に行き渡らせ。


 太く平たくやや柔い麺をばくりといけば。


「ああ、ジャンクだ」


 先ほどのドギツイスープの味に、野菜に紛れていたニンニクのパンチが加わって、更なる濃さを発揮している。


 旨いものを腹一杯喰う。健康? それは自己責任な! と言わんばかりの背徳的な多幸感が広がっていく。


 それで、エンジンが掛かってしまった。


 箸が止まらない。


 麺をバクバクと進め、箸休めに野菜を食し。


 しばし進めたところで。


「肉は……もう一声欲しいな」


 麺と野菜の狭間から姿を現した肉塊に、備え付けのブラックペッパーをしこたま塗す。


「美味」


 胡椒の効果で脂ギッシュな豚臭さは鳴りを潜め、豚のシンプルな旨みが感じられてよい。だが、ドギツイのも欲しいのでスープに浸せば、脂ギッシュな味わいになってまたよし。


「次は、唐辛子だな」


 一つ目の肉塊を食べた後、すぐに次に取り掛かる。


 今度は、一味を表面が真っ赤になるまでぶっかけて食せば。


「唐辛子って肉との相性抜群だなぁ……」


 これまた豚のシンプルな味を楽しめる。勿論、スープに浸してそちらとのコラボも楽しむのを忘れない。


 食もエンタメだ。


 物量メインの派手な麺ではあるが、そこに調味料を足したり、食べ方を工夫したり、積極的に楽しめば、更に美味しくいただけるのだ。


 野菜の量がほどほどな上に、塩分やら胡椒やら唐辛子の刺激が食欲を加速させてくれたお陰で、見る見る内に丼の重量は軽くなっていく。同時に、体重がどんどん……いや、それは考えないでおこう。今は雑念を捨てて食事を楽しむ時だ。


 啜るだけの麺は既になく。切れ端の麺と野菜が浮かぶだけの丼を、箸とレンゲで追い駆けて残滓を最後の最後まで腹に入れ。


 スープを一口飲んで、終わりに……しようとしてもう二口三口飲んで。


 最後は、一杯の水を飲み干し、己の腹の虫に終わりを告げ。


 食器を付け台に戻し。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、腹ごなしにぶらっとしてから帰るか」


 進路を南。オタロード方面へと、向かう。


 




 





 



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