第139話 大阪市浪速区日本橋のよだれ鶏そば(チーズ追い飯付き)

 某映画館では、今週いっぱい映画が安い。


 今月は観たい映画が沢山あって困っていたところでこれだ。


 そうなれば、積極的に観に行かない道理はない。


 だが、そういうときに限って少々仕事が長引く物。

 

「狙ってた映画は厳しいが……うん、こっちならいけそうだな」


 難波へ到着したところで計算を重ね、めぼしい映画をピックアップ。


 したところで、


「腹が、減ったな……」


 頭脳労働で消費したカロリーを腹の虫が補充しろと騒ぎ出していた。


 観る映画を切り替えたことで、食事を済ませるぐらいの時間はある。


「さて、何を喰ったものか」


 足が赴くまま進めば、フラフラとオタロードへと至り。


 黄色いジャンキーというかファンキーというかな店のテントが目に入る。


「そういえば、気になるメニューがあったな」


 迷っている時間が勿体ない。


 入ろうではないか。


 入り口食券機で狙っていたメニュー『よだれ鶏そば』の食券を確保し、大型の屋台程度の狭くも機能的な店内へと。


 店内は、厨房からコの字に張り出したカウンターだけ。椅子もない。


 そう、ここは立ち食いである。


 オタロードのど真ん中にあって、そこがまた趣があるとも言えよう。


 食券を出すと、


「辛いの大丈夫ですか?」


 と尋ねられる。こういう細かい気づかいは嬉しいものだ。


「大丈夫です」


 当然のようにそう答える。


 というか、名前だけで選んだのでどういう麺かよく解っていなかったのだが、どうやら辛いメニューらしいな。


 これは楽しみだ。


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動してできあがりを待つことにする。


 時間が読めないので、おでかけを仕込み、学園乙女とのコミュニケーションを取る。何、今回のイベントは既に収束。黒い花嫁姿のリリーは五枚全て確保済みだ。


 平和にかの名作横シューティング『デススマイルズ』と世界観を同じくするジルバラードの世界を楽しんでいると、注文の品がやってきた。


 その際、食後の〆に入れるご飯としてチーズの追い飯付きだと教えてくれる。なんとも、嬉しいサービスではないか。


 それはそれとして、今挑むべきは麺。


 丼の中は、タレで赤黒く、温泉玉子だけが、白い。


 他の具材は、ぶつ切りの鶏がたっぷりと、焦がしネギ、そして、細切りの唐辛子、その奥に隠れた粉末は、この店のメインまぜそばと同じ煮干しの魚粉であろう。


 太いだろうという想像と違い、中細ストレート麺が具材の隙間から覗いている。


「いただきます」


 割り箸を分かって丼へと。


 ここで、焦ってはいけない。


「まぜそばなんだから、まぜないとな」


 今まで何度も失敗してきた。


 だからこそ、温泉玉子もブチ割って、世界中の大好きを集めるかのようにグルグル掻き回せば、大ぶりな肉がゴロゴロするのがいとおかし。


 しばらくまぜ、赤黒いグチャグチャな状態になったところで、まずは麺をズルズルと。


「旨甘辛!」


 辛味もそれなりだが甘み旨みも強い。なんというか、ジャンクでアジアンテイストな旨甘辛味。だけど、ほのかに香る煮干しが和を主張しているのもまた楽しい味。これは衝動的に喰いに来て正解だった。


 ゴロゴロとした食べ応えのある鶏にこの味が合わない訳がなく、ほのかな苦みえぐみを感じるネギとの相性も抜群。


 全体を丸める玉子の味わいも、無視できない。


 これらの中にあって、しっかりした食感の麺は主役の座を守り通しながら、丼の中の旨みを全て纏って口の中へとやってくる。


 腹の虫が歓喜する。


 もっとよこせと、煽ってくる。


 煽られるまま、箸を動かせば。


「なんと、もう、なくなってしまう……」


 そこに溜まったタレと、切れ端の具材と麺だけが残る丼が、終わりが近いという現実を告げている。


 哀しいことだ。


 だが、この哀しみは、払拭できる。


「すみません、追い飯お願いします!」


 そう、追い飯という強い味方がいるのだ。


 しかも。


「どのぐらいいけますか?」


 と量も選べるようなので、


「なら、大盛で」


 と即答する。


 ああ、まだだ。


 まだ、楽しめるんだ。


 目の前で量を確認しながらタレの中によそわれたご飯。


 それだけでも、嬉しいが。


 それだけでは終わらないのだ。


 厨房の中で、燃え上がるものがあった。


 バーナーの火だ。


 見ればご飯の上にチーズを載せて、炙っている。


 そういえば『チーズの追い飯』だったな。


 ヤバイ、ヤバいぞこれは。


 準備が整ったところで再びやってきた丼は。


「想像以上に、楽しめそうだ」


 目の前には、焦げ目の付いたチーズに覆われた、白米。


 そこに滲む、赤黒いタレ。


 こんなん、旨いとしか思えない。


「改めて……いただきます」

 

 添えられていたレンゲを手に、チーズとタレを米に馴染ませるべくブン混ぜる。


 カツカツと、レンゲと丼があたる心地良い音をBGMに、米を赤黒黄に染めていく。


「そろそろ、いいだろう」


 レンゲに山盛りのまぜご飯を口内へ放り込めば。


「旨い」


 そうとしかいえない味わいが口内を支配していく。


 旨甘辛なタレに、更にこがしチーズが加わったこってり感が最高にジャンクで身体に悪そうで、とことん旨い。


 だが、ここまで来たら、もう一声欲しくなる味わいでもある。


「入れちゃうか」


 さっきは入れるという発想が産まれる前に食い切ってしまったが、この味に後ひと味加えればパーフェクト旨いはずだ。


 それは、席に備え付けのおろしにんにく。


 小さなスプーンに山盛り、丼に注ぎ。


 再びまぜ。


 口に運べば。


「パーフェクト旨い」


 語彙力が崩壊してしまう味の暴力が口内で行使される。


 アジアンテイストだったのが、ほのかにイタリアンというか、その節操の無さが紛れもなく日本の料理、と感じさせる複雑な食の体験。


 とてもいい。


 この味を、大盛ご飯で楽しめるなんて、至福である。


 食の悦びに浸りながら。


 自制など忘れ。


 ひたすらに丼と口の間でレンゲを往復させて口と腹に幸せを運ぶ作業に没頭すれば。


 終わりの時はすぐ。


「今度こそ、終わり、か」


 ご飯粒一つ残さず、丼は浚えていた。


 余韻に浸り。


 コップで水を一杯飲んで、現実に己を返し。


 食器を付け台に戻して。


「ごちそうさん」


 店を後にした。


「さて、映画館へ行くか」


 重くなった腹を抱えながら、タイトルの印象が悪いながらもだからこそ意味があるのだと思われる映画を観るべく、オタロードを北上して劇場を目指す。






 


 


 

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