第138話 大阪市浪速区難波中の博多長浜らーめん

 週末だが、終末ではないためにほぼ全員が眼鏡を掛けるという奇跡は起きない金曜日。


「久しぶりに日本橋へ寄って帰るか」


 仕事帰りの私は、日本橋で買い物をすべく、大阪メトロのなんば駅に降り立っていた。


 南海方面からなんばCITYを抜けて東へ出て、少し南のなんさん通りを左折。


 そうして、堺筋にぶつかる手前で右折すれば、左手にソフマップなんば店ザウルスが見えてくる。


 この先には、ゲーマーズ、とらのあな、アニメイト、メロンブックスといったそうそうたる店舗がある。


 誰が呼んだか名付けたか、いわゆる『オタロード』である。


 アニメやゲームが幅を利かせているが、昔からのPCパーツ店も幾つも並んでいる。


 それ以外には。


「そういえば、ここにラーメン屋できてたんだよな」


 ソフマップの斜め前。横浜家系のラーメン屋の隣に、いつの間にか新店舗が開店していたのだ。すぐ隣にラーメン屋とは喧嘩を売っているのかと思ったが、なんのことはない。調べてみれば系列店ということだった。


 と、これだけあれこれ調べたのは、前々から気になっていたからだ。


 幸いにしてタイミング良く。


「腹も、減ってるんだよなぁ」


 頭脳労働は、思いの外カロリーを消費するのである。


 これはもう、いっちゃえという眼鏡の女神様のお告げに違いあるまい。


 なら、従わねばなるまい。


 幸い、まだ少し早い時間だからかガラス戸越しに見える店内に客はまばら。 


 眼鏡の導きを信じて、店内へと足を踏み入れる。


 厨房をカウンターが縦長のコの字に囲んだような店内は、真新しく比較的ゆったりした空間だった。


 どうやら食券制のようなので、入ってすぐの食券機に向かう。


「む……色々気になるメニューはあるが……始めてなら基本でいこう」


 この店のメインとなる博多長浜らーめんの食券を確保する。


 博多豚骨らーめんでよくある、替え玉一回無料サービス付きというのが嬉しい。


 店員に案内され、真ん中当たりのカウンター席へ。


「麺の固さはどうされますか?」


 これも定番だな。昔、固いほどいいと思ってというかとある歌の影響でハリガネを頼んでみたところ、悪くはないがおかわりだだだだだといくような感じではなく今一好みに合わなかった苦い経験を思い出す。


 今は、時を経へ自分の好みを解っている。


「固めでお願いします」


 それで充分だ。


 後は待つばかり。


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい~』を起動したものの、固めだと茹で時間は短い。黒花嫁のリリーを得るべくアクティブポイントを稼ぎたいところだが、出撃する余裕はないだろう。


 軽くおでかけを仕込んで、学園の試合に挑もうとしたところで注文の品がやってくる。


 さすがに早い。


「おお、解り易い豚骨だ」


 やってきた丼には、やや褐色を帯びた白濁スープ。チャーシューに、細く刻んだキクラゲ、刻みネギ、そして、大ぶりの海苔が一枚、縁に添えられている。


「いただきます」


 ここは、まずスープだろう。


「とろっとろで濃厚だ……」


 ガッツリ豚骨だが、くどくない。濃い風味が心地良いぐらいだ。


 基本の味がしっかりしているのを確認したところで、スープの中に佇む麺を掴んで引っ張り上げる。


「極細だ」


 糸のように細い。だが、箸に掛かりながらしっかりとした存在感は感じられる。


 そのまま口へと。


「これぐらいが、やっぱり私にはあってるな」


 プチプチと歯応えが感じられつつも、麺としての弾力もある。極細麺は範馬範馬、失礼噛みました、バキバキよりこれぐらいがいい。


 こってりした豚骨を全身に纏いつつ麺自体の素朴な味も感じる。これが、博多豚骨系のいいところだと、私は思う。


 ここに更に、当然のように備え付けられている紅生姜を加えると、抜群に味わい深くなる。


 そんな定番の味わいを楽しみつつ、ときにキクラゲのコリコリした歯触りを、獣臭の中にピリリと青臭さを感じさせるネギの風味を楽しみ、味付けのない素直な豚味チャーシューを豚骨と合わせて囓りながら、ズルズルと啜れば。


「あ、もう、麺がないな」


 だが、大丈夫。


 こんなときは、魔法の呪文。


「替え玉、固めでお願いします」


 一回無料。二回目からもたった100円。


 細麺だけに大盛にして伸びるリスクを回避するためのシステム。


 よくできているな。


 ほどなく更に盛って現れた細麺を、さっさとスープへ投入する。


「さぁ、第二ラウンドは味変の時間だ」


 紅生姜だけに留めたが、まだまだ味変アイテムは揃っている。


「まずは、高菜だ」


 辛いそうだが、望むところ。小さなトングで三掴みぐらい、スープに投入する。


 スープが目に見えて赤みを帯びるのが、いとおかし。


 投入した麺を解して高菜を含めスープと馴染ませて、咀嚼する。


「いいねぇ、この辛味」


 先ほどとは表情の異なる旨さが口内に広がってくる。


 獣臭さは辛味で抑制され旨みだけが際立つ。正しく薬味の役割だ。


 替え玉前後で違うラーメンを味わうがごとき、食の楽しみであるな。


 だが、まだだ。


 まだ、足りない。


 半分ほど辛子高菜の味わいに舌鼓を打ったところで。


 白い元気の素をまだ投入していない。


「最後は、これだな」


 紅生姜、辛子高菜に挟まれておかれていた調味料の入れ物。


 その内部は。


「おろしにんにく……早過ぎると味が支配されるが、これぐらいの頃合いからなら存分にいけるぞ」


 備え付けのスプーン山盛り一杯を惜しみなくスープに投入。


 軽く混ぜて麺を啜ると。


「う~ん、ガーリックだ」


 ここからは、ニンニクラーメンの時間である。


 全ての旨みを飲み込んで纏めるニンニク臭の強さよ。


 旨いなぁ。


 食の幸せを噛み締めながら。


 鼻に抜けるニンニク臭を馨しく嗅ぎながら。


 麺を啜っていれば、終わりの時はすぐそこに。


「もう、終わり、か」


 さすがに、二玉食べればお腹はくちくなっている。


 もう一玉はやめておくが。


「勿体ないおばけがでるからな」


 レンゲで残ったスープをずるずると飲む。紅生姜高菜ニンニクと全ての薬味が渾然一体となった刺激的な味わいが脳にビンビンくる。


 もどかしい。


 ならば。


 丼を持ち上げて傾け。


 ゴクゴク、いく。


 すぐに軽くなった丼をカウンターに戻し。


 水を一杯ぐいと飲み干せば、人心地。


 博多長浜らーめん、堪能したなぁ。


 得も言われぬ満足感に浸りつつ。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


 さて、何か新刊は出てるかな?


 メロンブックスへ向け、オタロードを南下する。

 




 


 


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