第124話 大阪市浪速区日本橋の肉そば(冷)並

 少々飲み過ぎてしんどかったりする土曜の朝。


 だが、今日は楽しみにしているコミックの新刊発売日なので、買い物にいかないわけにはいかない。


 午前中休んで体力を回復させ、私は一路日本橋オタロードを南へ進む。


「ちょっと暑い、な」


 春めいた日射しの中、未だ冬物のまま外出したのは失敗だったのか? と思ったりもするが、風は相応に冷たい。コートを脱いでは冷えるかもしれない。


 そんな季節の変わり目の陽気に包まれながら、メロンブックスへ。


 麻雀がスポーツのように人気競技となった世界で、鎬を削る女子高生達の物語。

 

 今日は、その本編以外の三冊同時発売。店内に入るとすぐに積み上げられた目的の三冊が目に入ったので、サクッと手に取ってレジへと。


 無事、目的の本と三冊同時購入特典ゲットだ。


「やっぱり、この世界には下着はないのか???」


 と特典のクリアブックカバーの絵をみて思ったりもするのは余談として、


「何か喰って帰るかな」


 少々胃の調子が微妙だったりもするが、なんとなく外で喰いたい気分だった。


「やっぱり、暑い、か」


 メロンブックスを離れてオタロードへ戻ると、少々汗ばむ陽気。


 それは、気持ちのいい天気だということでもある。


 この陽気の中、少し歩くのも悪くない。


 普段と違い、更に南へと足を向ける。


 途中、細い路地で東に折れてレトロなゲーセンを見つけたりしたが、今はゲームをプレイしているときでもないので軽く眺めて後にし、正油ラーメン専門店の前で少し迷うが通り過ぎ、堺筋を渡る。


 更に汗は滲んでいた。


 額を拭いながら、


「これだけ暖かいと、冷製もいいかもしれないな」


 と思ったところで、閃いた。


 丁度いい店がある。


 場所も、近い。


 堺筋東側をもう少し南へ進み、東へ折れる。


 一本入った通りの角に、その店はあった。


 昼時ではあるが、幸い、席は空いているようだ。


 早速店内に入り、食券機へと向かう。


 麺の冷、温、と量が選べるメインの麺と、サイドメニューのみと言うシンプルな並び。


「今日は、並にしておくか」


 大、特大とあるが、胃腸のことを考えて並でいいだろう。


 冷、温は、勿論、冷だ。


 かくして、肉そば(並)の食券を手に、やたら愛想のいい店員に案内されたカウンター席へと陣取る。


 後は、待つばかり。太麺だけに時間が掛かる。


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して、おでかけを仕込んだり試合をこなしたりしつつ、現在『カードキャプターさくら クリアカード編』とコラボ中のイベントステージを周回してアクティブポイントを稼いだりする。


 眼鏡分が不足がちなイベントではあるが、財布には優しいと言えるのでよしとしよう。リリーがガチャでくるのは、即ち急な出費が嵩む合図だからな。


 そうして、 death でイベントステージを回したところで、注文の品がやってきた。


「うん、いい見た目だ」


 丼には、麺が見えないぐらい山盛りの刻み白ネギの上に更に山盛りになった刻み海苔。それらにこれでもかと纏わり付く、ゴマ。ネギと海苔に埋もれるように鎮座する肉。


 もう一つの器のつけ汁は、オーソドックスな麺汁に見えて、油が浮いている。ラー油だ。


 と、観察していても仕方ない。


「頂きます」


 箸を手に、麺を引っ張り出す。


 灰色で太く、堅い、麺をつけ汁に浸して喰えば。


「基本は和風なのに、漂うジャンク感がいいなぁ」


 バッキバキに堅い蕎麦と、ラー油でパンチの加わった汁が合わさり、和の範疇にあって個性を主張してくる。


 そう、この店の麺は蕎麦なのだ。とは言え、【ラー】油と蕎麦も【麺】なのだから実質ラー麺ということでいいだろう。


 ざるそばであれば、ワサビや生姜などを入れるところに、ラー油だ。


 弱っていた胃腸にショック療法的にカプサイシンが効きそうな味わいだ。


「海苔と葱を合わせると、ざるそば的であって違う感覚も楽しいな」


 薬味というには存在感マシマシな海苔と葱を適当に汁に放り込んで、ざるそば感覚で頂けば、基本はざるそばと変わらないのに、ラー油と、更に全体に纏わり付いてきたゴマが混ざり込んできて段々と尖った味になっていく。


「ここで、あれこれ入れるターン、だな」


 次は、座席に備え付けのトッピング。


 定番の天かす入れ放題をまずは試す。


「サクサクした食感と、天かす自体に染みた出汁の味がいいなぁ」


 ラー油に更に油が加わって脂肪フラグではあるが、脂はその字が示すとおり旨いのだ。仕方あるまい。


 ガッツリ感が加わったところで、


「今度は、こっちも」


 小さな器に入ったローストガーリックを、たっぷりとスープへと投入。


「ああ、ジャンクだ」


 香ばしさと、ニンニクの香りが加わって、完全に独自路線の味わいに変化していた。


 ここまで到達したところで、


「この焼き肉が、合う」


 ガッツリしたスープにそれ自体には味付けがされていない肉を潜らせれば、焼き肉的な味わい。幸せな気分になれるな。


 蕎麦とラー油を起点としたジャンクな味わいに浸り、食の幸福を噛み締める。


 いや、実際蕎麦が堅くて噛み締めないと喰えないのだが、それはそれとして。


 胃腸が弱っていたのを気にして食い始めたが、この味わいに引っ張られて回復してきたのか、順調に食を進めることが出来ている。


 幸せな時間。


 それは、長く続かないもので。


「もう、終わり、か」


 蕎麦の方の丼が空になり、つけ汁が残るのみとなった。


 だが、まだ、終わりにするには早い。


「そば湯あるの、ありがたいなぁ」


 ポットに入ったそれを、器に注ぐ。


 店内の案内によれは1:1がお勧めということなので、それに従い。


 レンゲで啜れば。


「ほっとする味だ」


 生姜風味のそば湯が加わると、汁の甘みが立って、なんだか懐かしい風味を感じさせてくれる。


 冷ばかりで少々冷えた体に、熱々ではないが温いスープが染みる。


 ゆっくりと味わいながら、飲み干し。


 器の底に沈んでいたローストガーリックをサルベージして口に運び。


 水を一杯飲み。


「お幸せに」


 愛想のよい店員に見送られながら、


「ごちそうさん」


 店を後にした。


「さて、帰る、か」


 すっかり胃の不調は治まってすっきりした気分で、駅へ向かい、歩みを進める。


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