第123話 東大阪市高井田本通のラーメン(麺200gヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ)

 街中のコンクリートの隙間から逞しく生え育ったタンポポが黄色い花を覗かせ始めていた。


 季節は、春へと向かっている。


 そんな季節の区切りの休日の朝。


 目を覚ますと、あいにくの雨だった。


「これは、一日引き籠もって過ごすべか」


 そう思っていたのだが、幸いにして早い内に雨は上がった。


 これなら、昼に何か喰いに出てもいいのではないか?


 思った途端、口を衝いて出たのは。


「そうだ、マシマシいこう!」


 かくして私は、野菜の山を求めて家を出た。


 休日だ。普段行かない方面へ行くのもいいだろう。


 ならば、気になっていた新店を攻めるのもまた一興。


 幾つもの路線を乗り継いで大阪市営地下鉄中央線深江橋駅へと降り立っていた。


「ここから、更に東、か」


 雨上がりの曇天の下、高速道路沿いに十分ほど歩いた先、高井田本通六丁目の交差点を左折したところに、その店はあった。


「赤い、な」


 この手の店は黄色を基調としていることが多いが、この店の看板は赤かった。愛の色だろうか?


 幸い、昼前に辿り着いたからか席は空いている。引き戸を開け、厨房をコの字に囲むカウンター席が並ぶ店内へと足を踏み入れる。


 食券機にあるメニューはラーメンオンリー。後は、豚の量やトッピング、ドリンクはビールとノンアルコールのみ。ただ、張り紙によれば汁無しも可能ということだ。


「ここは、基本を攻めよう」


 ラーメンの食券を購入し、セルフの箸、レンゲ、おしぼり、コップを確保して案内されたカウンター席へと着く。


「麺の量はどうしますか?」


 食券を出すと店員に尋ねられる。


 基本は300g~500g。


 だが、今の腹の虫的にはそこまで挑戦的な量は厳しいかも知れない。


「200gでお願いします」


 己を弁えた量を注文することにする。


 さて、後は待つばかり。


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。現在、『カードキャプターさくら クリアカード編』とコラボ中で、色々なさくらがイベント報酬やガチャで登場している。運良く、溜め込んだ石で二十連回し、ドラゴンドーン持ちの木之本桜をゲットできた。


 それはそれとして、おでかけを仕込み、軽く出撃して以前のイベント報酬のめがねっ娘、カオスウィング持ちのロウエルを活用してステージをクリアしたところで、麺がゆであがって丼に分配し始めたのが見えた。


 そろそろ、か。


 ゴ魔乙を終了し、今か今かとその時を待つ。


 初めての店だ。マシマシの量が見えない。ここは無難にマシにした方がよいだろうか? そんな戦略的撤退染みたことを考えながら。


 最初の客に、店員が声を掛ける。


 コールの時がやってきたのだ。


 その客は、ヤサイマシマシを頼んでいた。


 私は、店員が盛り付ける様を見る。


 丼の表面を覆うように野菜を載せ、カラメを挟んで更に積み上げ、三角錐染みた形状に纏められていた。


 それを目にしたとき、腹の虫の声が聞こえた。


〈我は汝 汝は我 マシマシだ マシマシにするのだ〉


 もう一人の自分には解ってしまったのだ。


 戦略的撤退など不要だと。


 これしきの量は、いけるだろうと。


 次の客もマシマシ。


 同じような量。


 そして、自分の番が来て。


「ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメでお願いします」


 淀みなく、そうコールしていた。


 もう、後戻りできない。


 そうして目の前に現れたのは。


「よし、これなら大丈夫だ」


 丼の上に盛り上がる野菜の山はもやしがメインで十分に量があるのは確か。だが、そこまで暴力的な量でもない。※飽くまで個人の感覚です


 デフォルトでもそれなりの量の脂が、野菜の山の頂上を褐色に色づけていた。


 山の麓には、巨大な豚の肉塊が鎮座する。それだけで定食のメインのおかずになりそうなボリュームである。


 更に、半周ほどに渡って乱雑に振りまかれたたっぷりのニンニクが麓にわだかまる。


 旨そうだ。


「いただきます」


 箸とレンゲを手に、野菜の山を崩しに掛かる。


「脂でしっかり味があるな」


 お陰で、野菜だけでもモリモリ食べることができた。ありがたい。


 野菜災害に見舞われないよう、慎重に慎重に、野菜の山を胃の腑へと沈めていく。


 何とか、半分ぐらいを消化活動に参加させたところで。


「いよいよ、麺とのご対面だ」


 野菜の下から麺を引っ張り出して、ずるずると啜る。


「モチモチだ」


 太麺はゴワゴワバキバキではなく、弾力のあるモチモチ食感。なんとも、腹の虫が喜ぶ食べ応えのある麺だった。それだけに、無理せず200gにしてよかった。


 また、醤油ベースのスープにも大量に背脂が導入されており、とにかくオイリーだ。見れば、コップの水の表面がてらてらしている。唇を介して脂が移ったのだろう。


 いや、気にしてはいけない。


 食とは、美味しくいただいたもの勝ち。自分が旨ければよいのだ。


 ネガティブな要素など、見て見ぬ振りで流すのだ。


 麺を引っ張り出し、野菜と豚を脂の浮くスープへと沈め、後は無心に食を進める。


 粛々と、マシマシを楽しむ。


 そうして、そろそろ終わりが近いところ、一つのミスに気付いた。


「あ、豚……」


 腹の虫も満足しかけた頃。


 大ぶりな豚の肉塊二つがスープの下から発掘されたのだ。


 うっかり、ここまで喰うのを忘れていた。


「いかねばなるまい」


 ここからの肉というのは中々ヘビーではあるが、残す訳にはいかない。


 身が締まった豚に齧り付く。


「旨い……が、やはり、胃にくる、な」


 重い。終盤に喰うには、キツイボリュームだ。


 だが、旨いのは確かだ。


 スープに浸かっていたのもあるだろう。豚の味わいとスープの味わいをガッツリ纏っているのだ。


 深呼吸。


 水を飲んで口内をリセット。


 目を閉じ。


 カッ。


「いける、いけるぞ」


 箸で肉を掴み、齧り付く。スープを吸って更にスープ内の脂を纏ってオイリーなそれは、背徳的で退廃的な喜びを運んでくる。


 そうだ。


 今は細かいことはいい。


 一時の快楽に溺れるべき時なのだ。


 そうして、豚を食い尽くしたところで。


「これで、終わりだ」


 スープの中に僅かに残る麺や野菜の切れ端を掠え。


 汝完飲すべからずの戒めに今日は従い。


 水を最後に一杯飲んで一息吐き。


 食器を付け台に戻して。


「ごちそうさん」


 店を後にした。


「ふぅ、流石に食い過ぎだな」


 最後の豚で胃の負荷は高い。


 腹ごなしを兼ね、脂肪フラグの操作もしておいた方がいいだろう。


「なら、歩いて帰るか」


 一時間以内は徒歩圏と信じている。


 そして、ここからなら、きっと一時間以内に帰れるはずだ。


 初めて来る場所だが、まぁ、きっとそうだ。


 それに、二十分以上の運動は、脂肪の燃焼にも効果的と言われている。長く掛かったらそのときはそのときだ。


 適当な見積もりを信じ、家があるはずの方向へと足を向ける。







 

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