第122話 大阪市北区梅田の中華そば
日曜深夜。
今日の予定を終えた後。
私は、人類の業について考えていた。
「人は何故、飲んだ後に麺を喰いたくなるのか?」
だが、そこでふと気づいたのだ。
これは、業なんかじゃない。
生理現象なのだ。
なら、気にする必要はない。
我慢するのはむしろよくない。
完璧な理論に打ち震えながら、駅前ビルを彷徨い。
大阪駅前第二ビル地下二階、北新地駅にほど近い店にやってきていた。
駅前ビルの閉店時間は比較的早い。
通常二十二時閉店が基本で、長めの営業の店が二十三時までとなっている。
今は既に二十二時を回っている。
適当にやってきて閉店時間を調べていなかったのだが、
「お、あいているな」
幸いそこは長めの営業の店だったらしく、まだ営業していた上に席も余裕があった。
なら、行くしかあるまい。
「ここは、敢えて中華そばに行こう」
たまにはメインを外すのもいいだろう。
なんだか今は、そういう気分だった。
こじんまりしたL字カウンターのみの店内に入り、食券を出せば生理現象への対処準備完了だ。
待ち時間に『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して出撃しようかと思ったものの、現在のイベントでアクティブポイント効率の高いスコアタステージへ挑むのは集中力を要する。
ならば、どうしたものか?
と飲んだ頭で思考がグルグルしている間に、注文の品がやってきて慌ててアプリを終了する。
「黒い、な」
醤油で黒々としたスープには、太目のメンマ、刻み葱、薄切りチャーシュー、そして、中央にナルト、さらに、チャーシューの上にはフライドオニオンが振りかけられている。
オーソドックスな中華そばなようで、フライドオニオンで個性を主張するような見た目である。
「では、味はどうだろう?」
レンゲでスープを啜ってみれば、ガツンとくる醤油味。
黒いスープに見え隠れする麺は、中々の太麺。
「これは、高井田のラーメン風だな」
大阪の現在の布施駅方面、東大阪市と大阪市の境目付近にある、戦後から続く老舗店舗を発祥とするラーメンの系統だろう。労働後の塩分補給的な意味合いもあってか醤油が立ったスープと、食べごたえのある太麺が特徴だ。
高井田系と呼ばれたりするが、地元の人が誰もそう呼んだり店側も名乗ってもいない高井田ブラックなどと呼ぶのは恥ずかしいので注意が必要な、そんなラーメンだ。
まぁ、見た目で大体想像はついていたが、予断はいけないので己の舌で判断したのである。
御託はいい。
さぁ、生理現象に従おう、としたところで、ふと気づく。
周囲の客の注文の品を見れば。
隣の客は、サバ醤油。その隣の客も、サバ醤油。
逆の隣の客もサバ醤油。
その中にあって、私の麺は。
「サバじゃねぇ!」
いや、だからなんだ? と言われたら、別に? としか言えないが。
一応、この店のメインはサバ醤油ということは補足しておこう。
ともあれ、今の私が向き合うべきは中華そばだ。
ガッツリ醤油味の面を楽しみ、食べごたえのあるメンマを頬張り、薄切りのチャーシューを楽しみ、ナルトをさっさとパクリとし、ネギのオーソドックスな薬味としての仕事を確かめ、フライドオニオンのこのスープの中にあって意外性のある味わいを感じ。
生理現象に従い、腹の虫が求めるがままに咀嚼して胃へと運んでいく。
そうして、半分以上を食べたところで。
ずっと気になっていた魅力的な味変アイテムに手を出すことにする。
「まずは、ニラキムチ」
緑の表面に赤を纏ったニラを、匙に軽く持って放り込む。
入れすぎると味を支配されるので、軽く混ぜて、ニラを纏った周辺を一気に食せば。
「この出汁だと、ニラにも負けないなぁ」
限度はあるだろうが、口内では仲良く喧嘩する感じで元の味わいを壊さず唐辛子とニラのそれぞれの辛みが楽しめる。
「なら、次はこれだ」
もう一つの味変アイテム。刻みニンニクを手にする。
「とはいえ、これは流石に入れすぎるとやばいから」
匙一杯に留めて混ぜれば。
「う~ん、醤油とニンニクってなんでこんな相性いいんだろうなぁ」
とても、いい。
ニンニク醤油味は、外さない。
まぁ、入れすぎてニンニクの味しかしないところまで行くと外すが。
それはさておき。
いいバランスで味変を楽しみつつ、生理現象を満たすための人として当然の行為は終わりに近づいていた。
具材はなくなり、麺も啜り切っていた。
残すは、黒々としたスープのみ。
汝完飲するべからず。
そんな戒め、生理現象の前には無意味だろう。
私は丼を持ち上げ。
口の前に沿え。
傾け。
中身を、ゴクゴクと飲み干した。
「うむ」
とっても、醤油味だ。
最後に、水を一杯飲んで醤油の支配から口内を解放し。
「ごちそうさん」
店を後にした。
「さて、帰るか」
明日は仕事にも関わらず、いい時間になっている。
少しでも早く帰宅して寝るべく、家路へと。
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