第117話 大阪市中央区日本橋のラーメン(麺150gヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ)

 毎月1日は映画が安い。

 日常的に映画を観る者には外せない日だ。


 ゆえに、仕事を終えた私は難波へと寄り道して劇場へ飛び込んだのだった。


 今日観たのは、『かつての悪ガキ連中がふとした切っ掛けで英雄になる』。

 そんな実話を元にした、主要人物本人が登場する事件の再現映画だった。


 本題が短すぎやしないか? そこまでの再現VTR長すぎないか? と思わないでもなかったが、終わってみればその前置きが活きたのか中々に心地良い作品だった。


 そうして、心が満たされて劇場を後にすれば。


「腹が、減ったな……」


 腹の虫が踊り出す時間だった。


 ここしばらく体調を崩して外食を控えていたが、そろそろいいだろう。


 リハビリもかねて、欲望の赴くまま貪るように喰うのもまた一興か。


 そんなことを考えながら、道具屋筋を南下し、途中で東へ曲がり、公園を通り抜け、


「やっぱり、ここだな」


 自分の中で最も落ち着く味の店へとやってきた。


 細長い店内に足を踏み入れれば、ほぼ客で埋まっていた。だが、幸いにして一番手前の席が空いていたので、手早く食券を買って陣取る。


 購入したのは、最も基本的なメニュー。『ラーメン』である。


 ほどなくやってきた店員に、まず麺の量を尋ねられる。


 さて、どうしたものか?


 315gを上限に、減らすも増やすも思いのまま。


 並が220gではあるが、流石に病み上がりにはキツイかもしれない。


 そこで、


「150g」


 にしておくことにした。大体、普通の大盛りの量だ。


「ニンニクどうしますか?」


 続いての問いには、


「ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメで」


 とサクッと答える。


 今日はリハビリ。とにかくオーソドックスに行こう。


 注文を通し、後は待つばかりとなれば、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の時間だ。


 現在はプロのヴァイオリニストとコラボしたアレンジBGMが素敵な御伽噺をモチーフとしたイベントが開催中。タイプは、ボスを倒して入手出来る宝箱に入った想いを集めるパターンだ。


 今回の報酬は、『物語修復家』として新登場したロウエルというめがねっ娘ということで、本気を出さねばなるまい。半額十一連で宝箱ボーナス付きのラプンツェルも入手したので、若干効率もアップしている。なんとか、最低2枚は集めるべく、ステージを周回するのである。


 ほどほどに出撃し、学園乙女達の試合もこなしたところで。


 注文の品がやってきた。


「ああ、これだ。これを喰いたかったんだ……」


 麺が少なめなのでこじんまりとしているが、丼の上に聳えるキャベツともやしの山、麓に鎮座する肉塊とたっぷりの刻みニンニクが目に嬉しい。


「いただきます」


 早く寄越せと煩い腹の虫に急かされながら、箸とレンゲを手に丼に対峙する。


 まずは、スープに浸った部分の野菜を軽くつまんで口に運べば。


「まろやかだ……」


 タレが混ざっておらず、出汁の上澄み部分を纏った野菜は、純粋な豚の旨みで楽しませてくれる。周囲に回しが蹴られたカラメがその旨みを引き立ててくれる。


 とてもいい。


 癒やされながら野菜をモリモリと食べ進み、やがて、麺へと至れば。


「うん、これだ。この味だ」


 底から引っ張り上げた麺は醤油タレをしっかりと孕んで、ガツンとくる塩辛さ。まろやかさは鳴りを潜め、豚と醤油のコラボによる本当の味が牙を剥く。


 この手の麺は色々な店で喰うが、私にはこの店の味が一番馴染むようだ。


 なら、一気に行こう。


 レンゲで野菜を支えつつ、箸で麺を引っ張り出して天地を返す。


 幾度も繰り返した基本技能。


 これで、麺を思うさまむさぼれる。


 野菜もスープをしっかりと纏い、新たな味わいへと至る。


 いや、そうじゃない。


「ニンニク、効いたなぁ」


 天地を返すと、結果的に一部に固まっていたニンニクを全体に混ぜることにもなる。


 豚、醤油、そしてニンニクが加わって暴力的な味の宴が開始されたのだ。


 とても、幸せな気分になってくる。


 食とは、癒やしだ。


 食とは、幸せだ。


 こうやって、食を楽しめるのも、健康のお陰だ。


 食で健康になり、健康で食を楽しむ。


 幸せな循環。


 健康を損なっていたことで、そんな当たり前のことを思い出す。


 これからも末永く、定期的にマシマシを喰える程度の健康は維持したいものだ。


「おや?」


 気がつけば、丼にはスープが残るのみ。


 とはいえ、病み上がりのマシマシは、麺を減らして丁度良い。


 適度な満腹感が、遅れてやってきた。


 スープをレンゲでひと掬い飲んで名残を惜しみ。


 水を一杯注いで、がぶりと飲み干して名残を断ち切り。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「やっぱり、マシマシは定期的に喰わないとな」


 健康の有り難みを噛み締めながら、家路へと。


 


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