第116話 大阪市浪速区日本橋の豚骨味噌(野菜マシマシニンニクマシマシ)

「今期は変則的だが、この二作品にするか」


 仕事帰り。


 ソフマップなんば店ザウルスで、駄菓子がテーマの作品とラーメンがテーマのアニメのBD上下巻を予約してミッションコンプリート。


 といきたいところなのだが、


「腹が、減ったな……」


 少々仕事が長引いたのもあり、腹の虫が元気に踊っている。


 昨今、インフルエンザも流行っているという。大地との好感度調整も大事だが、それで感染しては目も当てられない。


 食で抵抗力を上げ、ウィルスなどねじ伏せてやろうではないか。


「となれば、だ」


 ソフマップを出てオタロードを南へ進み、メロンブックスへ向かう途中で少し左に折れる。


「うん、ここにしよう……と、少し並んでいるか」


 目の前で満席になり、二人ほど待ちが生じている。一瞬、別の店に行こうかとも思ったのだが、


「この待ちには意味があると考えよう」


 よく解らない理屈で自分を納得させ、店外設置の食券機の前に。


「お、通常の博多豚骨も扱うようになったのか……でも、やっぱりこう寒い日はこれに行きたくなるんだよなぁ」


 醤油、カレーと共に並ぶ、味噌の食券を選ぶ。なんとなく、冬は味噌ラーメンな気分になりがちなのだ。


「さて、しばし待つのだが」


 ここで、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動するも、今はイベントの谷間。軽くおでかけを仕込むに留め、通勤電車の共としていた週刊少年チャンピオンを読むことにする。


 最近始まった『週刊少年ハチ』がとてもいい。なんだか色々ありそうな漫画学校でプロを目指す少年少女達の物語。創作を志すモノには色々と刺さるものがありつつ、ヒロインがめがねっ娘で、更に今週はなんだか先輩も眼鏡を掛けていたりしてとてもよい作品である。コミックスが出たら必ず買おう。


 そう、眼鏡分を満たしつつ読み進めていると、三人客が出てきた。


 前が二人待ちなので、そろそろ、だな。


 チャンピオン閉じてスタンバイすることしばし。


 先客を含めて案内されるときがきた。


 十人も入れない小さなカウンターだけの店内に入り、入り口付近の席へ着けば、店員が食券の回収にやってくる。


「あ、野菜マシマシ、ニンニクマシマシで」


 ビタミンとアリシンを取って風邪に負けない体を作るのだ。


 さて、チャンピオンの続きを読みながら待つとしよう。


 遂に最終回を迎えた『囚人リク』や、ここにきて新たな悪女が登場した『六道の悪女おんなたち』を読んでいくうちに、注文の品がやってきた。


「う~ん、看板に偽りない綺麗な盛りだなぁ」


 丼に山盛り盛られた野菜の頂点は、脂とゴマで彩られ。

 寄り添うように大ぶりの豚が三枚、麓に鎮座し。

 溶け残った雪のように一角を染めるのは、大量の刻みニンニク。

 しみ出すように器の縁に僅かに覗くのは、褐色のスープ。

 麺は、どこにも見えない。


 触れたら壊れそうな、芸術作品のごとき逸品を前に、しばし目を楽しませる。


 いや、実際は腹の虫にせき立てられつつも、どこから手を付けようか迷っていただけだ。慎重にいかないと、雪崩が起きそうだからな。


 とはいえ、このままお預けでは情けない。

 

 人間、時には思い切りが大事だ。


 箸とレンゲを手に取り。


「いただきます」


 いざ、戦いへ挑む。


 隅っこのもやしを箸で摘み、山肌から離し、


「大丈夫、大丈夫、だよ、な?」


 崩れないことを確認して口へと運ぶ。


「ああ、もやしとキャベツだ」


 臭みはなく、水っぽい素直な味わいのもやしとキャベツ。


「ちょっと、味を付けるか」


 頂上の脂の乗った部分をガッツリいきたいころだが、それをやると脂がこぼれそうな危ういバランスだ。


 脂を少しつまんで、崩さずに取れそうな部分の野菜に乗せ換えて喰う。


「背徳的な、味だなぁ」


 いつもは脂は控えているが、ついつい普通にしてしまった。だが、そのお蔭で、野菜をこうしてこってり楽しめているのだから、よしとしよう。


 頂上の脂がある程度消費できれば、ようやく頂上部を安全に喰えるようになる。


「巻き返さねば」


 野菜だけモリモリ食べるのも悪くないが、やはり物足りない。


 だが、スープは未だ遠い。


 麓付近の野菜に時折絡んでくる味噌を存分に楽しめるのは、まだ先だ。


「ん? これは、なんだ?」


 そこで、付け台の上に載っている調味料に気付く。


 パッと見は塩コショウのようだが、好みでもやしにどうぞというような案内が付いている。


「なら、行こう」


 ぱっぱっぱと、迷わずもやしの上に回し掛け。


「おお、魚粉か」


 どうやら、味塩コショウの『味』部分が旨味調味料ではなく魚粉になった、そんな調味料だ。


 少々しょっからいが、これならまだまだもやしとキャベツで戦える。


 そうして、ようやく。


「ここまで、来たか」


 慎重に慎重を重ねたので時間が掛ったが、ようやくスープへの導線が見えてきた。つまり、麺へ手が届く。


「いよいよ、ご対面だな」


 レンゲを野菜の一角に添え、箸を逆側のスープの中に突き立て。


 引き上げたそこには、極太の麺がある。


 そのまま、野菜を沈めつつ麺を上に載せていけば、やっとラーメンらしくなってくる。


「見た目の豪快さに比べて、優しい味だなぁ」


 豚骨味噌のスープをしっかり吸った麺は、だがしかし、ともすれば薄いぐらいの印象だ。などと思っていたら、しっかり後から来るニンニク臭が元の味の輪郭もはっきりさせてくれる。


 そういえば、麺を引っ張り出すときに大量のニンニクもスープの中に消えたんだったな。ニンニクの刺激の元であるアリシンは、殺菌効果が高い。もしかすると、通勤電車でウィルスが体内に入ってしまっていたかもしれないが、これでジェノサイドだろう。


 まぁ、善悪の区別ない虐殺が繰り広げられるのだが、後でヨーグルトでも飲んでおけば大丈夫だろう、うん。


 とにかく、健康的な味わいだ。


 もう、こぼれる心配もない。


 思うさま、麺を頬張り、肉を食む。


 だが、私は先を見る人間だ。


「よし、唐辛子だ!」


 表面が真っ赤になるぐらいの一味を振りかける。


「カプサイシンで代謝を高めれば、地球と適切な距離を持つ手助けになるだろう」


 それを抜きにしても、味噌と唐辛子はとてもよく合う。


 更なる食の喜びが湧きあがる。


「ならば、これも行ってしまおう」


 唐辛子が掛かった部分を一通り喰った後に、胡椒を振りかけてスパイシーな味わいを楽しむ。


 だが、そこで気づいてしまう。


「あ、野菜の水が出た、か……」


 明らかにスープが薄まっている。元が優しめの味わいだけに、これは少し辛い。


 席にかえしがあるのだが、味噌に醤油風味を足すのも無粋だ。


 何か、何かないか?


「あった!」


 先ほどの、魚粉塩(?)だ。


 これなら、ちょうどいいんじゃないか?


 ドバドバと振りかけ、混ぜ、スープを食せば。


「塩は偉大だ」


 風味が復活している。いや、魚粉のお蔭で和のテイストが増している。つぅか、うん、味噌汁的な旨み、だな、これ。少々脂ぎってとろみがあるが、そこは気にしない。


 かくして、最後の最後まで楽しみ尽くせば、丼の中にはスープが残るのみ。


 名残を惜しむようにスープを口に運ぶが、


「いや、これは、流石に重いな」


 調味料を入れまくった上に、明らかに脂でぬるぬるとした食感は、喰い尽くした後の胃には少々キツイ。


 素直にレンゲを置き。


 水を一杯飲んで脂を流し。


「ごちそうさん」


 店を後にした。


「む、ズボンが縮んだようだな」


 腹部に締め付けを感じながら、腹ごなしにメロンブックス方面へと歩みを進める。



 





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