第115話 大阪市浪速区難波中の豚骨味噌らーめん
昨日の雨と打って変わって、三連休中日は晴天に恵まれていた。
こんなに天気がいいとでかけないのも勿体ない。
こういう日は、映画を観に行くに限る。明るく地上を照らす太陽の下で暗い劇場に籠もって物語と向き合う一時は、最高の贅沢だろう。
観たい映画には事欠かない上に、ポイント鑑賞が使える劇場が二つある。
かくして、生まれた時から事故続きで毎年死にかけ、九歳の誕生日には海に落ちて昏睡状態に陥ってしまった少年を巡るミステリ映画を鑑賞しに、午前中からなんばへパークスへと繰り出していた。
スリラー系の少々超常的に近い要素をもったミステリという趣で、中々に好みの作品。心を満たして劇場を出れば、眩しい太陽に再び出会える。
時刻は昼を回って十三時。
となれば、当然。
「腹が、減ったな……」
幸い、喰う場所には困らない場所だ。
パークスを南側から出て東へ向かい、勝手知ったるオタロードへと。
「せっかくだから、長らく行っていない店を目指すか」
メロンブックスで新刊コミックスを確保しつつ北上し、目的の店に向かったのだが、
「ありゃ、えらいならんでるなぁ……」
十人以上の列が出来ていた。
そこそこ回転はいいが、この寒空の下並ぶのは少し辛い。
「ちょっと時間を潰して、出直す、か」
腹の虫の抗議の声を必死に宥めつつ、ソフマップを覗いてポイントでゲームを購入するか悩んだり、わんだーらんどでメロンブックスで見つからなかったコミックスを買ったり、買い忘れがあったので再びメロンブックスへ行って買い物したりして戻れば、思惑通り列は大分短くなり、三人だけになっていた。
「いい頃合いだな」
気付けばもう二時前になっていたが、寒気に晒されて並ぶ時間を短縮できたのだから、よしとしよう。
食券を買ってから並ぶシステムなので、早速メニューを選ぶ必要がある。
「お、味噌があるのか」
久々に来るとシステムが変わっていて、ノーマルのらーめんは醤油・塩・味噌から注文時に選ぶシステムとなっていた。
迷わず通常のらーめんの食券を購入して列へと戻る。
すぐに店員が回収に来て、スープの種類、麺の固さ、脂の量を聞かれたので、
「味噌、硬め、普通」
と答える。
さぁ、もう一息だ。
『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して、おでかけを仕込み、試合をこなす。現在のイベントはバレンタインイベントで、リリーはガチャで入手済み、ステージのレアドロップのリリーも既に限界突破が上限を超えている。
あとはのんびり無理なくアクティブポイントを稼いでDDPレーザーのルチカを入手出来れば御の字、程度だ。
そうして、出撃を終わったところで、再び店員が列へとやってくる。
「二時になったので、今から大盛り無料です」
ランチタイムはご飯食べ放題なのだが、二時からは麺大盛りも無料になるシステムもあったのだ。
注文済みでも、店内に入る前だと適用してくれるのは何気に気が利いていてよいな。
列の先頭から丁寧に確認してくれる店員に、
「大盛りで」
と腹の虫に唆されるままに即答していた。
大丈夫だ。ご飯を控えれば、いいんだ。
要はバランスだ。
きっと、大丈夫。
ほどなく、店内に案内され、カウンター席につけば。
「よし、ご飯を確保しよう」
入り口近くに設けられたライスバーへと赴き、備え付けの底の深い茶碗を手に、巨大な保温ジャーに向き合う。中には、升単位のたっぷりの白いご飯。
一体、どれだけの糖質だろうか?
想像するだに恐ろしくも甘美な糖質の塊だ。
魅惑されそうになる。
「っと、さっさとよそわないとな」
ライスバーは一箇所しかない。余り時間を掛けると他の人に迷惑だ。
しゃもじを手に取り。
一……二……三……………四。
「うわあ、なんだか凄いことになっちゃったぞ」
魅惑に抗わずに手を動かした結果、手の中には、大盛りご飯の入った茶碗があった。
「いや、一度よそったものを戻すわけにはいかないしな、うん」
何、胃の中に入れて証拠隠滅を図ればよいだけだ。
根本的に何かを間違っている気がしたが、きっとそれは糖が不足して頭が回っていないからに違いない。
席に戻り、米だけ食うのも味気ないので腹の虫にお預けし、アクティブポイントが尽きたのでゴ魔乙は終わって通常攻撃が二回攻撃で全体攻撃のお母さんと冒険する小説を読み始めてすぐ。
注文の品がやってきた。
「ああ、家系……」
白味噌なのか穏やかな薄褐色のスープに、炙りチャーシュー、ほうれん草、うずら玉子が載せられ、丼の周囲に沿って大きな海苔が三枚並んでいる。
その隣には、先ほど確保した大盛りご飯。
盛大に鳴き声を上げる腹の虫。
「いただきます」
レンゲを手に、まずは豚骨味噌スープを頂く。
「これは、いい味噌だ……」
元来の豚骨のこってりした旨みにねっとりとした味噌の風味が絡みついて、なんというか、ご飯が進む味だ。
だが、これはらーめんなのだ。
だから。
「ご飯に合うものは麺に合うし、麺に合うものはご飯に合うのだ」
主食の互換性理論に従い、お馴染みの中太麺を啜り、その味わいが残る口内に米を放り込む。
いきなり麺と米のコラボレーションを決めれば。
「ああ、生き返る……」
空腹で活動が鈍った脳に活力が戻ってくるのを感じる。
今度は、スープに浸した海苔で米を巻いて食べ、それを麺で追い駆ける。
「炭水化物って、幸せの味がするなぁ……」
もう、こうなれば勢いだ。
どろり濃厚豚骨味噌味に導かれるまま、炭水化物を摂取し、ときおりほうれん草で一休みしつつ、半分ほど食べたところで。
「さて、そろそろいいか」
ベースの味を楽しんだら、味変の時間の始まりだ。
備え付けのおろしにんにくの器を手に取り、スープへ投入する。
「う~ん、スプーン一杯で驚きの臭さに」
強烈なニンニク臭が加わったが、元のスープも負けていない。
ガッツンガッツン互いの味がぶつかりあうが、それが不快じゃなくて、なんだか甘美に思えてくる。
いや、実際甘美な味わいだ。
文句なく、旨い。
新たな味で再び麺と米をかき込み、獲っておいた炙りチャーシューも頂く。小ぶりだが、炙りで香ばしくなり、この濃厚なスープに負けない豚感が楽しめる。
だが、楽しみは長続きしない。
「もう、ない……だと」
茶碗は空。スープの中に、麺もない。
「いや、まだ、もう少し楽しめる」
先ほど入れなかった豆板醤を入れて、スープを楽しむ。
汝、完飲するなかれ、とは言うが、この店は最後の一滴までスープを楽しむことを推奨しているのだ。だからこそ、最後の一滴まで完飲するのは礼儀というもの。
私は、戒めより、礼儀を取る。
「おお、相性いいなぁ」
豆板醤をほどほどの量にしたおかげで、これまでとは違った形の旨味が構成されていた。
このまま、一気に飲み干してもいいが。
「もう少しぐらい、いいよね?」
誰に言い訳しているのか解らないが、気がつけば再びライスバーに向かい。
一…二、に留め。
軽めによそった米を。
丼へ投入していた。
「〆のおじや、だな」
スープを吸ってふやけた米は、背徳感と幸福感を同時に与えてくれる。
いや、今は、幸せに浸ろう。
脳内物質が分泌され、湧き上がる多幸感に身を委ね。
丼を持ち上げ、レンゲで流し込むように食す。
カウンターに戻された丼は、無。
すかさず、店員がまくり証明書をくれる。これで、今月は麺大盛りやトッピングのサービスが一つが無料で受けられる権利を得たことになる。
最後に、水を一杯飲んで、まだまだ米を食べたくなる欲求をリセットし。
「ごちそうさん」
店を後にする。
「さて、帰る……前に少し歩くか」
脂肪フラグに対抗すべく、私は歩き出す。
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