第109話 大阪市浪速区日本橋の豚骨醤油+四川タレ(野菜マシマシニンニクマシマシ)
第二次世界大戦中。
ナチス侵攻で沈んだ村に人知れず眠る金塊。
その存在を知った海軍特殊部隊は、極秘裏に引き上げ作戦を展開するのだが……
今日は日曜日。
朝から難波でそんな映画を観てきたのだった。黄金の奪還がテーマで、無茶な作戦を展開するバカ映画かと思えば、中々動機付けがしっかり描かれた良作だった。
ところで、最近『卍』という文字が一部でよく利用されていてそれに対してナチスを引き合いに出す者がいるが、
まぁ、卍解と言いたかっただけの戯言だが。
さて、時は昼時。
劇場を出て難波の商店街を歩いていたのだが、
「腹が、減ったな……」
腹の虫は本能に忠実であった。
何を喰おうか? ここのところどうにも野菜が不足している気がする。
野菜に豊富に含まれるビタミン等の欠乏はウィルスへの抵抗力の低下にも繋がっていくだろう。
今、体調を崩すのは愚の骨頂。
ここは、健康のためにしっかり野菜を食うべきだろう。
「なら、あそこに行ってみるか」
商店街を右折して道具屋筋へ入り、そこを抜けて左へ折れる。
そうして、オタロードを少し南下すると、目的に店があった。
「結構並んでいるなぁ……」
とはいえ、今はもう完全にこの店のモードに入ってしまっている。他の店のモードに切り替えられるほど、我が腹の虫は柔軟ではない。
ならば。
「待つか」
食券を買って列に入らんとする。
冬は味噌ラーメンの気分なので、まだ喰ったことのない味噌に行こうかと思ったのだが。
「四川! そういうのもあるのか!」
食券機に貼り付けられたポップにビッときた。
何せ、四川だ。『熱い四川の人だけが地球を回す』とソ●マップの店内で漏れ聞いたほどのもの。四川とはそれほどパワフルなワードなのだ。コバルト色の空に心と心の絵の具を混ぜて愛を描くのだ。
ともあれ、こうなっては抗えない。
味噌を撤回し、デフォルトの豚骨醤油のラーメンに追加の四川タレの食券を購入し、列へと並ぶ。
寒空の下、そこそこ待ちそうなので徐に『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。
現在は、宝探し系のイベントが開催中。学園乙女達がエンジェル道をマナブというストーリーなのだが、新キャラのアリア先生は裸眼で少々がっかりしたのは否定しない。だが、カトレア先生がいるから僕は大丈夫。
宝箱を集めつつ、スコアタステージを回すとあっという間にAPが付きそうになるも、ランクアップで回復。
お陰で、ハイスコアを更新するぐらいまで出撃し続けている間に店内に案内される。半時間ほど過ぎていたが、とても有意義に過ごせたのでよしとする。
温かい店内に入ってホッとした途端、腹の虫が大きく声を上げる。
弾幕と戯れて誤魔化していた空腹を思い出したのであろう。
だが、まだもう少し我慢が必要だ。
「野菜マシマシニンニクマシマシで」
とサクッとオーダーを通し、再び弾幕と戯れて空腹を紛らわす。
だが、集中が続かず入店前のスコアが越せずに悶々としているうちに。
ようやく、注文の品がやってきた。
堆く積み上がった野菜の山に、寄り添うように並ぶ二枚の大ぶりなチャーシュー。残雪のように降りかかる脂、麓の一角を白く染める刻みニンニク。
体に良さそうな麺だが、何かが足らない。
熱い、アレが。
店外の写真では上に掛かっているようなイメージだったが、店員に尋ねると、
「なるほど、四川タレは別皿なのか」
ほどなく、赤いタレの入った小皿が提供された。
レンゲを取り、半分を野菜の上から掛けて四川ラーメンの準備は完了だ。
因みに、残りは後からスープに混ぜる算段である。
「いただきます」
レンゲを手に、四川に晒されてない野菜の山から滲み出る白っぽい褐色のスープをいただく。
「まろやかだなぁ」
この手のラーメンのスープは醤油が立った豚骨と醤油を拳で語り合わせるような造りの味が多いが、この店はあくまで豚骨の旨味を醤油で整えた風情で、一般的な豚骨醤油ラーメンの味に近い。出汁の文化の関西的な味わいともいえるかもしれない。
だが、ここからが大変だ。
「これ、こぼさずに喰うのきついな」
みっしりと積み上げられた野菜は、裾野から行くと雪崩リスクが高い。
慎重に、上から崩していくしかない。
ここで、先ほどの四川タレを活用することにする。
赤く染まった一角を起点に崩していく作戦だが、
「おお、これは、旨辛だ」
名前に偽りのない四川風味。要するに、担々麺の辛味だ。しかも、濃縮されているのか、少量でもしっかり辛い。
「これは、野菜が進むな」
スープに浸すのも困難な状況で、このブーストは有難い。
モリモリ野菜を喰って健康が増進されるのを感じていれば、どうにかスープへの導線の確保ができそうな状態となった。
「さて、やるか」
未だお目に掛かれない麺との対面のため。
片側をレンゲで抑えながら、逆のスープ内に箸を突っ込んで麺を引っ張り出しながらレンゲを力点にしたテコの原理で野菜をスープへと沈めていく。
黄色い太麺が姿を現し、野菜と天地を入れ替える。
ここから、ようやく麺の時間。
「やっぱりこの食べ応えが嬉しいねぇ」
野菜でも腹はそれなりに満たされるが、糖質こそが至高。
腹の虫が歓喜の歌を高らかに唄う。
満たされていく。
腹が。
プリミティブな幸福に浸る。
そのまま、半分ぐらい食べたところで。
「少し、薄まってきたな」
浸透圧により、沈めた野菜の水分がスープの中に出てきたのだろう。
「なら、味変の時か」
この店はいくつもの味変アイテムが備え付けられている。
「まずは、かえし」
醤油ダレを回しかけて、塩分を補充。
最低限の味はこれで出るのだが、
「ここで、四川タレだ」
こんなこともあろうかと取っておいた残り半分を皿からレンゲでこそいでスープへと混ぜ込んでいく。
うっすら赤みがかったところで。
「まだ、足りないな」
一味を振りかけて赤い雨を降らせ。
「四川なら、これも必要だな」
ゴマをこれでもかと振りかける。
「既に、違うラーメンだな、これ」
赤味を帯びたスープには白ごまと赤い粉が浮いている。
全体をなじませるように軽く混ぜて、改めて頂けば。
「こいつは、いいな」
醤油の塩分で旨みが引っ張り出されたところに、ゴマと四川タレで担々麺の味わいがプラスされて、見た目通り先ほどとは異なる味わいのラーメンへと変貌を遂げていた。四川タレ、全部野菜にかけず残しておいて大正解だった。
こうなると、最初から掛けずに別皿で出てきたことの意味がよく解る。後から足せば、一食で二度美味しい。正に今、実感している。
新たな味わいに、気持ちをリセットして戻る場所で One More Eat。
腹の虫の奴隷となった我が身は、手を動かして咀嚼して胃の腑へと食い物を運ぶ装置と化す。
ああ、旨い。
ああ、幸せだ。
ああ、めがねっ娘尊い。
幻覚が見えた気がするが、それはさておき。
心も腹も満たされる心地よい食の体験に浸っていると、気づけば丼は僅かなスープを残すのみになっていた。
今の私なら飲み干せるが、戒めに従いぐっとこらえる。
代わりに、水を一杯飲み干し。
丼と四川タレの小皿、そしてコップを付け台に戻し。
「ごちそうさん」
店を後にする。
「さて、腹ごなしにオタロード散策するか」
南へ向け、足を運ぶ。
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