第107話 大阪市浪速区日本橋の限定濃厚ラーメン
正義とは、宇宙さえも怖れぬ心にだけ宿るものだという歌があった。
数多の物語で『正義』というものは常々題材とされており、議論は繰り返され、それでも結論が出ない。
かくも、『正義』とは力強くも曖昧なものなのだ。
今日はそんな『正義』をタイトルに冠する映画が最終日と言うことで、仕事の後になんばのレイトショーで観に行くことにしていた。
だが、その前に、だ。
「腹が、減ったな」
出掛けるついでに夕食も劇場の近くで済ませねばなるまい。
「さて、どこへ行ったモノか?」
今日は残り福だ。
夜店で何か喰うのも乙かと思い、色々な食い物の屋台が並ぶ南海電車沿いを歩くも、ピンとこない。
こう寒いと、歩きながら喰うよりも店へ入りたいというのが一番大きいな。
ならば。
「こっち、だな」
東へ折れて少し歩けば、そこは通い慣れた道と交差する。
パソコンやゲームやアニメやコミック関係の店が並ぶ、オタロードだ。
だが、最近では飲食店も多く進出している地でもある。
「そうだな。気になっている店があったし、そこにするか」
曲がった場所が丁度よかったのだろう。
ゲーマーズやとらのあなの入ったビルの少し手前のビルの二階に、その店はあった。
「中々趣があるな」
一階のドアを開け、細い階段を上りきったところに、食券機があった。周辺の壁にはメニューの写真が並んでおり、初見に優しいのが嬉しい。
「基本メニューもいいが……限定濃厚ラーメンか」
売り切れランプは点いていない。
なら、ここは限定に行ってしまおう。
目当ての食券を買い、細い真っ直ぐなカウンター席と、奥に四人掛けのテーブルが一つだけあるこじんまりした店内へと足を踏み入れる。
カウンター席が空いていたので、適当な位置に座り食券機を出す。
あとは待つだけと『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動したのだが。
突如、席の目の前にある、昔はデパートなどでよく見かけたが昨今余りお目に掛からない、少なくともラーメン屋で見かけることはまずない機械が唸りを上げてビクリとする。
先客の分の、この店を特徴付ける調味料(?)が目の前で生み出されていた。
これでは、気になってゲームに集中できない。これでは被弾が嵩むだろう。
現状、巫女のリリーが未だ登場せず、粛々とイベントをこなすだけの状態だ。
なら、ゴ魔乙は休憩しチャンピオンを読んで待つとしよう。
めがねっ娘が眼鏡を外してアイドルやってる展開に思うところがあった漫画がおかしな方向に進んだので、是非ともめがねっ娘のままアイドルをすべきだと思っている頃、再び機械が唸りを上げる。
どうやら、私の分を生成し始めたようだ。
となると、そろそろだろう。
チャンピオンは鞄にしまうと、ちょうどいいタイミングで注文の品がやってきた。
「これは、とにかく個性的だな」
先ず、器が不思議な形をしている。
洗面器のように上部の半径は大きいのだが、一方で下部の半径は小さい。横からだと凸をひっくり返したような形に見えるぐらい、差がある。
そこに入ったラーメンは……
「見えない、な」
濃厚ということで、黒胡椒の斑を浮かべた鶏白湯の灰褐色のスープが隅から辛うじて見えるが、
「白い、な」
上に乗った綿菓子で、よく見えない。
そう、この店の特徴は『綿菓子』である。あの昔ながらの機械にザラメをぶち込んでできあがる、あの綿菓子が、ラーメンに載っているのである。調味料として。
「さて、店員によれば、これを溶かしてよく混ぜてから、ということだから……」
ドロドロの白湯スープにそれなりにボリューミーな綿菓子が吸い込まれるように消えるのを楽しみながら混ぜれば、その他の具材が露わになる。
メンマ、チャーシュー、ネギ。オーソドックスな組み合わせに、どろり濃厚スープの中でも主張を持った中太麺が合わさっている。
ラーメンというか、まぜそば的に混ざったところを見計らって、
「いただきます」
ようやく、一口、麺を啜る。
「おお、鶏だ」
ドロドロしているのは、コラーゲンなのだろう。ポタージュ状のスープはなんというか、鶏を飲んでいるような味わいだ。麺と共に喰えば、見た目の割には優しい味わいと言えよう。
「このチャーシューは、鶏モモか」
バーナーで焦げ目が付けられたそれは分厚く、食べ応えがあった。
とても、いいぞ。
「しかし、啜るのしんどいな」
麺にスープが絡みまくって、重い。
少しずつ啜り、チャーシューを囓り、として味わっていく。
鶏に満たされていくのを感じるが。
「ここで、もうひと味、欲しいなぁ……」
と思ったところで、店内の張り紙に気付く。
幾つかの調味料を店員に言えば出してもらえるらしい。
ならば。
「すみません。ガーリックください」
マヨネーズとわさびもあったが、ここはニンニクだ。
「どうぞ」
提供されたのは、小皿に盛られた摺り下ろしニンニク。
「さて、まずは少し」
箸で一つかみだけスープに落とし、口へと運べば。
「正解だ」
足りなかった何かが埋まり、満足度が跳ね上がる。
「これなら、全部行けるな」
提供された小皿の中身を全てドボンし、かき混ぜ、
「うんうん。鶏が元気になったぞ」
先ほどよりも食欲をそそる味わいになったことで、麺もチャーシューも捗り、箸休め的なチャーシューもあっという間に食い尽くし。
「あれ? もう、ないか」
後は、丼の内側にスープがこびりつくように残るのみ。
名残惜しいが、仕方ない。
レンゲでこそぐようにして、スープをすくい取り。
最後に、水を一杯飲んで。
「ごちそうさん」
店を後にした。
「うぉ、寒……」
夜のオタロードは冷えた。
早めに映画館に行って、暖を取ろう。
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