第104話 東京都台東区台東のラーメン並(やさいましましにんにくましましからめ)
『冬』の中日は軽く挨拶回りで済ませ、海上から会場を後にしていた。
船内販売の隅田川限定ビールを楽しみながらの短い舟旅を終え、JRに乗り換えて東京駅で土産を確保する。旅も終わりが近いのである。
そこから再度 JR に揺られ秋葉原に降り立ったところで、
「腹が、減ったな……」
気がつけばもう昼を大分回っている。腹の虫が騒ぐのも無理はない時間帯だ。
「アキバなら店は幾らでもあるが、せっかくだから行ったことのない新しい店へ挑戦してみるか」
幾つか候補を思い出しながら、改札を出てヨドバシ方面に向かい左折。
蔵前橋通りを渡ってすぐに右折して少し歩くと、とても解り易い黄色いテントが現れた。
これだけ目立ってくれていると、初めてでも安心だな。
店の前には列は見えない。
これならすぐは入れるかと思って扉を潜ると、
「あ、店内で待ってたのか……」
正方形に近い店内の、入って手前と右側の辺に沿ったL字型のカウンターは満席で、二人ほどの先客が丸椅子に座って待っていた。
だが、これぐらならどうということはないだろう。
豚の量と麺の量ぐらいの差しかないメニューが並んだ食券機からラーメンの『並』を選び、店員に渡してから待ち行列に参加する。
徐に『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。現在のイベントは新年に向けての神社。神社と言えば、巫女。
イベント絵にはバッチリ巫女姿のリリーが存在しているのだ。そうなれば、何かしらの手段でゲットする機会があるだろう。
だからこそ、意志をもって石を溜め込み備えるときなのだが、現在のスコアタステージが丁度良く五十以上の石が手に入るのだ。
石があれば、無料でガチャが回せてしまう。
だから、スコアタステージを回して微妙に点数が伸びずに悶々としていたところで、席が空いたようだった。
促されるままに角の席に案内され、荷物を置く。
先に注文を済ませているので、出てくるまで時間はそれほどかからなそうなのでゴ魔乙は控え、アニメ化が決定した幼馴染み達共にリアルと交錯するネットゲームの世界を冒険する物語の既刊最新巻を読んで待つ。
予想通り、数ページ読んだあたりで、店員からトッピングを尋ねられる。
「やさいましましにんにくましましからめで」
脊髄反射で答えれば、豪快に野菜を手づかみで丼に盛り付ける様子が目に入る。
その上からお玉でかえしが回しがけられる。からめの分だろう。
そのまま、すぐに目の前に丼がもってこられた。
寄りかかるようにレンゲが麓に添えられた山盛りの野菜。
深い褐色ながらそれなりの透明感のあるスープ。
野菜の一角に食い込むように鎮座する大きな豚の塊。
とても豪快で旨そうな見た目ではあるが、ニンニクはどこだ?
と思ったところで、気付く。
「ここ、か」
野菜の山に向かっていたレンゲを少し手前に動かすと
みつしりとレンゲの中に詰まっていたのだ。
その密度、マシマシに相応しい量である。
「いただきます」
箸を手に取り、レンゲの中身をスープにぶちまけ、野菜の山に挑む。
「からめ、いい塩梅だ」
無理にスープに浸さなくてもしっかり味が着いているのはありがたい。
これなら、無難にスープへの導線を確保できそうだ。
埋もれた豚を少しずつ沈めながら、周囲の野菜の山を崩していく。
現れた海面にレンゲを突き立て、スープを啜れば。
「おおぅ、醤油だ」
旨じょっぱい、醤油の立ったスープには土地柄を感じさせられる。
なんというか、生まれ育った土地で『醤油』スープと言えば醤油『風味』であくまで出汁が主役なところ、関東では醤油『味』で出汁と合わさりながらも醤油が前面に出てくるというか、そんな違いだ。
スープを味わったところで、野菜を浸しながら食い、満を持して肉へ行くが。
「ここだ、ここに漬けるんだ……」
まだ、全体を混ぜられるほどの段階ではない。
ゆえに、レンゲの中からぶつまけたニンニクは、未だスープの一角にわだかまっていた。
そこに、掴んだ肉塊を浸し。
表面にスープで褐色を帯びたニンニクを大量に纏わせ。
喰らい付く。
「……いい」
言葉を必死に押さえているが、油断するとヒャッハーと叫びたくなるほどの、刺激的な旨みだった。
豚自体が素朴な味わいだけに、パンチのあるスープとニンニクとのコラボレーションは抜群の成功を収めている。
躊躇わず、二つの肉塊の内の一つを存分に喰らった後。
残りはスープに沈め。
いよいよ麺との対面だった。
レンゲで野菜の山を押さえて沈めながら、底から麺を引っ張り上げる。
そのまま、わだかまっていたニンニクを全体に行き渡らせるように混ぜ合わせ。
麺をたっぷりと箸で掴んで口へと運ぶ。
「幸せだなぁ」
濃い味付けで炭水化物をわしわしと摂取している背徳感が裏返った幸福感。
愉悦とも呼べる感情がわき上がり、箸の動きが加速する。
だが、ふいに、
「は、腹が、苦しい……だと……」
腹部に強い圧迫感を感じたのだ。
ましまして残すなどもってのほか。
いや、それ以前に、別にまだまだ感覚的にはいけそうなのだ。
きっと、何かがこの幸福なときを邪魔しているのだ。
腹。
圧迫。
「
私は徐にベルトのストッパーに手を掛け、一瞬緩めて戻す。
途端に圧迫感が消え、胃袋への
麺を更に頬張れば、再び幸福のメーターが上がっていく。
スープに沈めて味がしっかり染みた豚を囓れば、更に加速。
「ここで、味変だ」
備え付けの黒胡椒を振りかければ、ピリピリとした刺激が食欲を更にブーストする。
ピリピリを楽しんだところで、
「次は……ん? 七味、なのか」
この手の店では一味しか経験がない。
これは道への門を開く調味料ということになる。
ここは慎重に……
「ドバッといこう」
手加減して味が解らなければ楽しくない。
どちらに転ぼうと、七味風味を味わうことが目的なのだからドバッといくのが正解だ。
「さて、お味は……うん。唐辛子以外の薬味がいい仕事してるなぁ」
経験からうどん・そばを連想する風味になるが、このドギツイ醤油スープの味わいに、唐辛子だけで無くゴマや陳皮の香りが加わって爽やかとも言える方向にぶれるのは中々楽しい。個人的に、これはアリだ。
「では、後は幸福に溺れるとしよう」
ブタメンヤサシメンブタスープヤサイヤサイメンブタスープヤサイヤサイメンメンンメンヤサイメンメンスープ……
箸とレンゲで貪り脳にこれでもかと多幸感を叩き込んでいく。
「ふぅ、終わり、か」
スープの中に細かく残った麺やもやしまで掠え。
あとは僅かなスープを残すのみ。
最後に水を一杯注いでから。
スープをレンゲで味わい。
コップを手に取って戻して。
スープをレンゲで味わい。
水を一息に飲んで、名残を断ち切り。
丼とコップを付け台に戻し、テーブルを拭いて。
「ごちそうさん」
店を後にする。
「満腹だな」
腹と共に満たされた心が赴くまま、蔵前橋通りを電気街方面へと進む。
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